地域づくり委員会 第九回

鎌倉時代初頭に地頭に任ぜられたことを起源として、その後、明治維新に至るまで、この球磨・人吉の地を営々と治めた相良藩は、千年の寿命を持つ市房杉と豊かな原生の自然を有し、植林を重視する等、その美風は「木の文化」に彩られます。
このような旧相良藩の歴史と自然と木の文化を受け継ぎ、次の世代、後継者に引継ぎたい。豊かな自然を守りたい。そのための「日本、木の文化の地域づくり」が私の50年の願いであり、「神城文化の森 藤田財団」の使命です。
平成22年10月9日に内閣官房から「地域活性化伝道師」を拝命した私の責務でもあると考えております。

日本、木の文化と地域づくり
~自然・季節観に抱かれた暮らし方を生かした地域づくり~
平成27年5月18日
【モデル地域認定は結果】

平成27年4月21日に球磨人吉 が「日本遺産」熊本県第1号に認定され、改めて我々の郷土の素晴らしさを認識し、官民一体となった地域づくりを行い、球磨人吉を盛り上げていくまたとない機会だと思います。
今まで日本、木の文化と地域づくりを8回、私が委員長としてやらせていただきましたが、我々民間で立ち上げたものが10市町村が一つにならずに、球磨焼酎を全面的に出したために、我々地域づくりでやったことは報われませんでした。※国のほうでヒアリングにもかかりませんでした。
球磨人吉の地域づくりは、基本に立ち返ってやることが大事なことと考えています。「地域づくりは、ひとづくり、風土づくりです」球磨人吉の地域づくりを成功させるために、少しでもこの地域を良くしたいと思ってやってきました。これも、実際に球磨人吉地域のために立ってやっていく人、また、これから先、一生懸命頑張っておられる方及び若い有能な人材を育ていくためです。今後も委員の皆さん達と共に“つよい気持ちをもって”地域づくりに取組んで行きたいと思います。
球磨人吉が一緒になって日本で初めて官民一体となった地域づくりのモデル認定をするには、基本的考え方や進め方について、球磨人吉で合意を形成する必要がある。これを曖昧にし、計画書だけを作成しようとしても、異論がでては、計画はまとまっていかない。
日本全国地域で球磨人吉が最初の地域づくりモデル認定の基本的な考え方
1) 官民一体となった地域づくりのモデル認定のポイント
①独自の新しい地域活性化戦略を提案
これまで他地域で行われていたり、国が進めている戦略(方法)を単に真似て球磨人吉で適用しただけでは、評価されない。そこに独自の新たな地域活性化戦略の提案が不可欠となる。
②官と民が共同で取り組むものであること。
行政だけがまとめる計画では指定は困難。官と民との協議会をつくり、一緒の計画が必要
③規制改革・国への提案を有すること。
規制緩和だけでなく、国の制度等への提案でもよいと思います。
2)計画のとりまとめ方
①球磨・人吉市町村が、それぞれに取り組みたい事業や分野が存在する。これら事業を列挙しても計画としてまとまっていかない。このため、まず球磨人吉が提案する独自の地域活性化戦略を定め、これを軸に、球磨人吉が活性化を定め、これを軸に、我々が活性化施策や事業をまとめ上げていく方法が有効である。
②地域を経営(マネジメント)するリーダーがいつか、マネジメントという意味では企業経営も地域経営もリーダーの存在がとても重要だと思います。球磨人吉の地域づくりは、優先順位と段取りを考える必要があります。方向性がどうなるかによって、アクションプランは全く変わってくると思うのです。

私の企業家として、50年間忘れることなく培ってきた“まちづくり”は『郷土愛を大切にしたい 社員一丸となって郷土に奉仕』の精神。また、モットーとして“常に変革の意識”を持ちながら、全ての事業に誠心誠意に取り組んで参りました。
日本(経済)を良くするためには、まず、地方が元気ならなくてはならないと思います。
「地方…球磨人吉が元気になる!そして、熊本…九州。日本と元気になる」その気持ちを強く持って『球磨人吉地域を活性化させたい!そして、日本を元気にしたい!』と頑張って参ります。
そして、「球磨人吉の皆さまに感謝」と「地球環境、自然の恵みに感謝」のふたつの感謝に報いるためと、「相良文化820年の歴史の中で先人の方々が、守り引き継いでこられた大切なモノ(知恵や自然、技)」を少しでも次世代に引き継ぐため、球磨人吉の地域資源の価値を高めて、球磨人吉の新しい魅力によって人が訪れるような、観光需要を生み出して行きたいと考えています。
最後に、私は【人との出会い】を最も大切にしてまいりました。
「地域づくりは人づくりと風土づくり」「企業(事業)は人なり」常に“ひと”が中心でした。
これからも、この思いや精神を忘れずに頑張って行き、球磨人吉が日本全国初のモデル地域の認定を目指します。その為には、球磨人吉官民の皆さまの心をひとつにして、創意工夫をし、球磨人吉官民の全力で取組んで行き、又、日本、木の文化と地域づくり委員会が【新しい公共】を目指して、官民一体となった地域づくりで最終的出来上がったものを(完成)内閣官房地域活性化統合事務局へ提出します。末永く継続できるように私も頑張ります。

地域づくりの方向性(事業計画)

<球磨人吉の地域づくり、まちづくり>の現状は、市民参加型の活動が多いようです。
これまでは球磨人吉の地域づくり、まちづくりを小さな単位で様々なアプローチ(仕掛け・方向性)で活動をされていた状況です。
ただ、活動されている方達は、自分達の時間やお金、知恵をしぼって真剣に「地域づくり、まちづくり」に取り組まれています。行政も厳しい予算の中で、やりくりして様々な取り組みをされています。そのどれもが【大切な活動】です。よい活動、取り組みも現在のように小さく、限定された地域では結果、成果も出難いのではと考えます。また、多様な仕掛け、方向性では競合や共倒れなどの失敗原因を作ってしまいます。
地域づくり委員会は『日本、木の文化』と『球磨人吉の歴史と文化』をキーワードに球磨人吉を一つの方向に向けられるような“地域づくり再生の母体”が必要と考えております。グループや市町村の小さな単位で組織せず、球磨人吉全体で組織を形成する事が必要です。シンボルとして『新生相良藩』を活用し<球磨人吉の地域づくり、まちづくり>が一つの方向に向かうように指標を明確にする事が必要と考えます。
「日本の木の文化」と「地域再生」を目指して、球磨人吉の地域活性化のモデル地域認定を目指します。
地域活性化の活動の原点の環境保全活動に力を入れ、球磨人吉の財産である『豊かな自然環境と相良文化820年の歴史』を少しでも継承して、次世代に引き継ぐ事が重要と考えています。今、私達自らの手でできる環境活動を積極的に行い、球磨人吉から全国、世界へ環境保全の重要性を発信したいと思います。
未来の日本の国づくりのために、地球環境を創造して、人間社会を確立することが大切なことと考えます。
日本の自然環境を守りながら新しい産業を生み出し、球磨人吉の経済発展へ大きくつなげられるように頑張ります。自然と産業、地域環境を保護し人々の暮らしの調和が取れる、新たな産業を生み出して産業振興の機会をさぐる必要があると思います。そして大切なのは、民間の人材の有効活用です。これこそが官民一体となっての球磨人吉地域づくりであります。
地域づくりは、ひとづくりであり、風土づくりでもあります。昔ながらの風土を大切にしている球磨人吉地域ですが、先人の知恵をこれからも残し、地域が連携して意識を高める必要があります。物心両方が豊かになり、地域の人たちが住んで満足できる町こそ、外部の人たちも魅力を感じ、訪れてみたい町になるはずです
青井阿蘇神社、神城神社を中心に“球磨人吉全体と相良文化820年をテーマ”にした『新生相良藩球磨人吉の地域づくり』です。球磨人吉として、地域づくり、まちづくりの実践者を【家臣】として活動するのです。相良藩820年の関わる歴史、文化を洗い出し(見直し)、家臣(実践者)を集結させて戦略(地域活性化策)を練っていきます。家臣は、グループや市町村の小さな単位で組織せず、球磨人吉全体で組織する事が必要です。また、シンボルとして『新生相良藩』を活用し、<球磨人吉の地域づくり>が一つの方向に向かうように指標を明確にして官民一体での取り組みが重要である。
相良文化の中に近年、国宝 青井阿蘇神社から【五色の龍神(ごしきのりゅうじん)】が日の目を浴びました。五色の龍神は、約400年前の相良藩20代目藩主の長毎公が青井阿蘇神社に奉納された代物です。
五つの龍神は、『青龍一東一木、赤龍一南一火、黄龍一中一土、白龍一西一金(ごん)、黒龍一北一水』とそれぞれが方角や自然の意味を含まれ、幣殿天井裏に守護神として祀られていました。
また、青龍・赤龍・白龍は“昇り龍”、黄龍・黒龍が“降り龍”と大自然の循環や地域の循環を意味していると言われています。
現代では、行政区分けにより球磨人吉十市町村と分かれていますが、相良文化は球磨人吉全体に今も息づいています。五色の龍神に込められて相良文化の意味をひも解き、現代に当てはめると偶然かもしれませんが、マッチングする事が多岐に有ります。五色の龍神の思想を地域活性化の構想に織り込み、地域づくりを球磨人吉全体で考え、循環させることが重要と考えております。