球磨・人吉の未来を考えて 神城文化の森 懇談会

平成8年2月25日(日)にて行われた懇談会の当時の様子です。

神城文化の森懇談会 (地域づくり・まちづくり)

開催場所: お食事処 神城 鍋の間
開催日時 :平成8年2月25日 (日)
午後4時30分~午後7時15分(懇談会)
午後7時30分~午後9時35分(懇親会)

出席者:
本田 節  人吉市議会議員
松本 佳久 山江村議会議員
内山 慶治 山江村職員
岩崎 美智男 水上村職員
徳永 親  くまもと経済2WAY 編集長
岸本 晃 まちづくりプロデューサー
遠山 嗣 TK企画設計企画室室長
平冨 孝臣 ヒラトミ設計事務所所長
藤田 勲 サンロード咋代表取締役
(敬 称略)

神城文化の森で球磨・人吉を一つにしたい ―藤田勲 談

神城文化の森 懇談会の様子
藤田勲

藤田勲 神城文化の森構想の主旨説明:先ず、サンロードシティ錦町(ショッピングセンター)の図面説明を行います。(神城公園の図面を指しながら説明)
全体としましては、8万坪の士地がありますが、昭和58年11月に先ず3万坪の土地を買収しまして、10年計画で球磨・人吉のまちづくりの為に熊食産業時代の6名で、会社を作りアメリカの10年後に必ず日本はなると考え、土地の広い所を一年間探した結果、錦町に士地を買収する(サンロードシティ錦町)。最初は、キーテナ ントに大手でないと駄目だと考え、寿屋等から話がありましたが結局、ここしかないと判断しキーテナ ントの九州ジャスコ社長(当時、福岡ジャスコ 川崎社長)と会い「会社の考え方が当社と企業理念が同じで あり、 まちづくりの為ならば」ということで出店していただきました。
球磨・人吉の末来のことを考えて、夢をもった人達と一緒に何かできないか?ということで、ショッピングセ ンターを作る前に神城(お城)を作りました。神城(お城)を作ったのは、今から5年前(平成3年)です。その神城(お城)で今年4月第1回 目としまして、神城公園でテントを張って(若しくは机と椅子を並べて行い)体験談、経験談を出席者に話をして貰う予定です。 そこから始めて、球磨・人吉の新しい文化をみんなで作りましょう。私としましては、お城の開放をしたいと思っているんですよね。神城公園から事務所一帯の土地を神城文化の森計画にと考えております。「お城を見たい」というお客様の要望が絶えないんですよ。球磨・人吉が発展するという目的でだご汁 1杯 でもいいから通じてやっていこうではないか。林地開発許認可に当っては熱意をもって遠山さん、遠山さ んの下で平冨さんにきめ細かく当ってもらいました。
私は、免田町(現あさぎり町)出身で故郷に対する思いは強いんです。15年前に人吉を拠点に人吉の人達と一緒にやっていこうと思い人吉市に自宅を移しました。「神城文化の森のテーマを今、決めるのではなく、今度 、 郷土愛グループの人達と一緒にテーマをきめる。しかし、今後のテー マとしましては、 今後、郷土愛グループの人達とい っしょにどの様にやっていくかということが、私の仕事ではないだろうかと思うんです。 どんな小さな目標でもいいから 、目ざす志をもって行わないとできない。岸本様からのファックスにより名簿をみて思っ た事は実際される人とは違うなという事でした。私は色々な人との話を話だけで終るのは謙いなんです。1つのものを0から作りあげていくのが、大事だと思うんですよね。熱意、情熱は話だけでは伝わ らない 。何をするにも 、全て基本が大事。自分自身が、郷土愛の考えをもってないとなかなかできんとですよ。
去年、免田町(現あさぎり町)役場の山口君、 徳永さんと会ったときに 「免田町役場の若者に、社長の話を聴かせて下さい」という事で話がありました。  自分の生活、将来どうやっていくかが、大事なんですよ。同志発想でいくことが必要なんです。それによりトップリーダーになっていく事ができる。可能性がある。
今回、球磨 ・ 人吉を一つにできるという気持ちでやっていくことで、皆でやったという事を作りあげたい。郷土愛グループに、神城文化の森計画の土地を提供していく。錦町の松田前町長に 、 錦町に神城の土地を寄付する事を話したんですが、「維持費がかかる 、管理維持費がかかるから難しか」ていいなんもんですからね。神城文化の森で球磨 ・人吉を一つにするきっかけにしたい。
これが構想の一貫でして、1年に1回祭りごとでも、やることによって、各市町村で活躍されている方、若い方を中心に発展していかないといけないのではないかと思うんですよ。
サンロードシティオープン前の経緯を見た時、私の知人の子供さんが当時1才だったんですがもう3才になっとですけど、その子供さんが 「サンロードにいきたか」ていいなっらしかですもんね。「だけんサンロードにくっとですたい」という話も聞きます。
球磨・人吉の将来を考えて物をいう人は少ない。年月を積み重ねることに依って、自分の着眼点、目指していることは、球磨・人吉が発展していけるか。当時は、サンロードシティの話をしていましたね。商業者の方に「一緒にやりませんか」と話しを持ちかけたんですけどね。話にのって貰えませんでした。現在、人吉でやっておられる方と将来的には一緒にやりたいと思ってるんです。その為には観光と文化をいかに充実させていくか。それを商業に結びつけ未来に向かって母体を作っていく。一人で考えるより皆で考えていけば、 方向性が見えて来るのでは、ないかと思うんです。

岸本さん
本田さん

岸本さん:神城文化の森のリストに於いては、現場の方々と共に練りながらの提案をしていて、藤田社長に「吉田松陰」になって下さいと言いました(笑)未来を見つめている方が少ない。人吉・球磨の未来づくりをするのに、藤田社長はかなり大きな力があるのではないでしょうか。社長を活用利用していく人がいっぱいいるのではないかと思うんですよ。神城文化の森が、どうということより球磨・人吉が一つになることが目標であることと社長の素顔を知らない方が。大勢おられる。地域おこしをやって、行政指導でお金を貰ってということがいっぱいある。

お金を計算しての現場プロデューサーと総プロデューサーがあるわけですが、構想を含めて、若い人からすると天井人という感もありますけど、ま、こっから先は自由にやりましょう。

藤田勲:何かをやりとげたいけど出来ない人に対して、土地を提供していいということで、一万坪を造成して提供します。お金や財産はなくても何かをやりたい人はいる筈。各地区単位で行わず、一か所集中で行えばいいものができるのではないかと思うんですよね。発祥の地として、これで球磨・人吉を一つにすることを是非、本田先生にまとめて貰いたい。
今後みんなでできないか。「お金より大事なのは精神」精神に始まり精神で終わると思うんです、お金に依って変な方向にいく場合がある 、うちの役員達 とは 、 17年間 一緒に仕事をしていますが金の話を一切言った事がないんですよ。
50才になってですが、死ぬことを毎日考えて仕 事をしてるんで すよ。 人間はどうせ死ぬんですからね。 その事を九州ジャスコの金柿社長に話をしたんですよ。
そしたら 、社長は「楽しいんだ、今が 一番面白い。リーダーになって 、色々やって面白みがある 」こう言われました。私は死ぬ事を考えたら、一 日を充実させた いと思うんです。寝るのが惜しくて、午前 2時、3時迄起きとっとですよ 。先日、交通事故を始めて起こしまして 、色々と勉強になりました。何事も経験をしてみないとわか りませんね。
一つのことを作り上げるのは、頭で考えているほど現実には 、簡単には出来ない。毎年 、元且0:00 に役員達と一緒に年頭の挨拶をして一人づつ握手をするんですが、役員達が私の手を一生懸命に握るんですよね。  それによって気持ちが伝わってきたというか。

本田さん:そうです!握手に依って 、自分を支持してく れてるかどうかが 、わかります。相手の目と手を握った感じで伝わってく るものがわかっとですよね。不思議とですね。

藤田勲:手の握り方で、その人の気持ちが分かります。
それから 、木は剪定してくれるなていうとですよ。自然のままが好きとですよ。 自然から吸収できるものは本物ができる。それから今年新卒者が 11名うちの会社に入ってくるんですけど、その母親も熊食時代に一生懸命やってくれてたんですけどね。それと、そばを自分で畑から作って 、打たれる方が宮崎におられるんですが、それがまた上手かつですよ。手作りのそばを神城文化の森で作って、お客様に食べて頂きたい。

生きているテ ーマは 「人間」―本田さん談

本田さん:(手製の鰻頭を皆さんに配られる)
これは、私の手作りのお菓子です。長野県小川村のおやきといいます。これを作っておられる会社が第三セクターでありますが、年商7億円上げられています。最初は利用しようと思い岸本さんとつきあい始めました。
私の生きているテーマは「人間」なんですね。14市町村の事を藤田社長はどういうふうにお考えでしょうか?14市町村は一緒にはなれないという事を、以前、県事務所所長にお聞きしました。また各市町村に競争意識を持たせる事によって相乗効果をねらう生き残るのがテーマなんですが。 2、3しか考えてないんですけど。

藤田勲:私は戦争が始まる可能性があると思うんですよ。今の日本の現状では、必ずある。住専の問題にしてもですね、日本の行政というものを象徴していますね。このままでは、球磨・人吉の各市町村は駄目になるでしょう。

本田さん: 行政のやり方では時間がかかるんですよ。そこで民間でやり始めてきていますね。彼らは時間の空くアフター5をそれに当てているようです。 彼らも何かやりたいが、いざ資金はない。 1つの企業とやっていけたらいいと思うんですよね。目的は一つなのですから。

藤田勲:私が行政の立場であれば、すぐ辞めると思います。

本田さん:民間の中で人間のネットワークを作っていこうということを、ここ数年考えてきました。意気投合した部分でもあるんですが、資金がない 、企業と一緒にやっていく事によりそれで人吉 ・球磨が発展していければいいとも思うんです。

藤田勲:行政を考えたとき、行政も行政としてやっていけない。無駄金が多い。 球磨・人吉14市町村の今から生まれて育つ人達のことを考えて金を使ってほしいんですよね。今からの人達と話していかないとできないんですよ人間は、他人が死んでも、自分自身は死なないと思っている。そういうところがあっとですよ。

本田さん:社長の話から 、主婦業と仕事との二つをやっていればいいのに「あんたも好きね」て言われるんですよ。私は「好きよ」ていいます。私の中には時間がないような気がするんですよね。3年前、ガンで半年間、闘病生活をしまして、その後、何でも一生懸命にする事にしました。3人の子供達の為に残せるものは、 私の生きざましかない。議員は、生きている手段なんです。その日、その日を全力投球。お金は死んだ後、持っていけない心の中に残してやれるものがあれば、 何でも全力投球でやりたい。がむしゃらにやってます。生半可な気持ちではやらないつもりでいます。
14市町村の中では、本気の気持ちを持つ仲間がいます。一言いえば 10わかってくれる仲間がいま す。球磨 ・人吉を良くしたいという気持ちがあります。各市町村、点と点を線で結んでつなぎ、30万人中部地域の中で、商業圏を設置すれば、拠点、発信地には成りえると思うんです。
話は変わるんですけど、当時宮田不動産に勤務されていた高木様が、ここサンロードシティの土地を売ると言われた時、「世の中、好きな男がいるもんね」と思いました。その時高木さんは、「あの男は今ではなく、10年先を見ている」といわれました。

藤田勲:あら知っとんなったですか? あの時は、宮崎から帰る途中 、この士地の前を通りかかったら高木さん達が、 5名で土地を見とられて、「この土地を売っなっとですか」と尋ねたら売るという事だったものですから 、中央信金の隙資担当者と1000万円のお金を持って宮崎県小林市の小丸さん宅に行ったんですよ。

岩崎さん
内山さん

岩崎さん:社長は、どの様な形でやろうとしていらっしゃるんでしょうか。観光地としてやるのかどうか?

藤田勲:五木のことも山江のこともあると思うんですよね。一つでは駄目だと思うんです。免田町役場の山口君も考えていると思うんですよ ね。
球磨 ・人吉の歩いていく道を作りあげていく事が、大事。それが出来れば何でもできると思うんですよ。もとになる様なものを。基本としての自分の考え方が大事だと思うんですよ。
人間が死んでいくときに持っていくものは、一 つしかない。それは精神なんですよ。やったというそのものしか残らない。人間として生まれてきた以上、何か自分自身を持たんと生きてる価値はない。フタワの社長と話 をし(フタワの社長と事業を始めたのは一緒)利益を出す為には目標がしつかりしていないと駄目だという話をしました。結果を出すのは全て自分、人ではないと私は、社員にも話をすっとですよ。
それと基本(自分の考え方)が大事ですね。野球では足腰。先にバッ トは握らない。 球磨・人吉の人達がこうしたいという郷土に対しての愛は、子供を育てることと同じではないかと思うんです。 恥をかく事によって人間は成長する出来ることを目標にもって出来たことに依って、自身につながる。例えば、 自分の性格としては、ボクシングが好きなんです。
観戦してて思った事は、常に余裕のある生き方が出来ないと 一つの物は完成しないなと思いました。私はお金を借りる時にいらなくても、必要以上に借りるんですよ。そうしないと安心できない。何をするにも環境整備が必要だなと思いました。行政には「道を作って下さい」というとですよ。道が出来ないことには、最終的には不便になるのは道路なんです。人吉市がそうです。 前々からの計画であり、それを継続して将来に向かっての議論が少ない。市町村長でも議員でも自分の選挙にからむことが、一番と思っておられる例えば一郎選手は練習を一生懸命やる。それは基本ですもんね。全て成 功している人は、考え方が基本から入っておられる。
私は、 真剣勝負のボクシングが好きなんです。自分を追い詰めることは大事です。私も50才を過ぎて弱くなった。 死ぬことは怖い。30代は 、いけいけどんどんであり 、がむしゃらでした。企業を作っていくのは、30代の人間がどのくらい会社にいるかです。30代・40代を引っ張って行くのは、50代 ・ 60代です。60代 ・70代の 人間だけでは、会社は作っていけない。最終的には、球磨・人吉を作り上げるには話合いが大事ですね。

内山さん:人間は、目的 で生きてはいけないし動機で生きていかなくてはないかと思うんです。
行政の仕事は ①住民の所得をあげてやる ②環境を どう守っ ていくのか( 福祉を含 めて)文化(人間の精神的なも の) 万江川は熊本県有数の美しい川です。そこには今ホタル どころかハエもいない。大事な万江川をどうするのか。政策に不安を持っていますね。 岸本さんプロデュースの面白い実験がありまして、行政と住民が近づき狭間 がとれましたね。行政は金なんですよね。そこで、やりたいことをやろうとお金が先ではなく、こういうことをやるのでいくら掛かるという風に持っていったんです。 それで、ボンネットバスが復活出来たんです。 私の目標はチャンスがあれば、 トップに立つことなんです。

本田さん:わー始めて聞きました。内山さんがトップに立つ夢をもっていらっしゃることは。

神城より人吉 ・球磨を一望して新たな感動 ―内山さん談

内山さん:(笑い)人的ネットワークを作って、 一緒にやろうじゃないかというのが会の始まりでして、球磨川鉄道を我々の足として大事にしようじゃないかと 、イベントをやろうという事で動いているんです。直接、 山江村は走ってませんが。今日 、神城より人吉・球磨を一望して新たな感動がありました。

藤田勲:免田町に酪農家免田聖一郎さんの息子さん (19才、学生)がおりまして免田聖一郎さんの後を継いで頑張って一生懸命やっているんですよ。 美味い牛乳、うまい米を作って飲ませて、食べさせてくれて言いよっとですよ。

本田さん:だからですね。地場産品にこだわるんです。そこにこだわりがないと駄目なんです。物も語れないし、付加価値がない。料理一品にしてもそう。解説がいる。 今日、梅まつりで、つぼん汁を 300杯作って具の一つ一つをこれは、どこそこの何々ですよと言うように説明して 、食ぺさせてきました。そういう進め方でそれに依って自信を持つ。そして、もっと良い物を作ろうとする。

藤田勲:おいしくてもおいしくないていうですもんね。いい人材を育てて、作り上げて行く姿勢がない。今の商店街が衰退していくのはそこです。年輩の方が強すぎっとですよ。 60 、70年代の人達が行政で働いている。

本田さん:40~50代が育っていない。

松本さん
徳永さん
松本さん:人吉・球磨のこれからを考えていく人がいなかった。だからこれは(神城文化の森計画)素睛らしかと思うんですよ。

藤田勲:「神城 文化の森」を是非やりたい。
最終的の方向づけはこれでした。サンロードシティにテナントがみんな埋まっていないのが現状です。それで、2年後と考えていたのですが、早めました。きっかけを持つ為に、本社事務所を神城に持っていって、だご汁を社員がつくっていく。そして、球磨・人吉だけの放送局を岸本さんに作っていただきたい。

徳永さん:阿蘇では、福岡の人間が FM局を作ろ うとしているんです。
地域で馴染みのチャンネルがない、地域々で自分達のメディアとして作 ればいいと思うんです。 個人的にいうと私は相良藩で芦北出身なんですが、広い範囲で考えていいのではないかと思うんです。 演劇の渡辺恭司さんがいうには、球磨 ・人吉には青年演劇が残っている。競えるところがないので、すぐ全国にいってしまう 。交流人口からいうと、いかに外から来てくれるかということ 。それによって街の力を作る。それにはどうしていくか。 地元に残った人と出た人を考えると 、基本は地元に残った人が「残ったんだぞ、ざまあみろ」と「面白い生活をしているから帰ってこいよ」と いえる街づくりなんです。地元の人が地元の人を どれだけ知っているか。( 評価するのは難しい) 外から来た人が見て、評価してくれる事によって再評価する。第三者が 沢山来てくれることが必要なんです。構想事態はどうなっていくかさっ ぱりわからない。

藤田勲:わかるものであれば、たいしたものではない。わからないのが本当です。過程を興味をもってやっていく。これをきっかけに、例えば、山江、五木にはこんな事があるといった具合にですね。ただ集まるところに一貫性がないと駄目だと思うんです。今後やろうという人達と一緒にゼロからやる。皆でやったという満足感が生まれる。 テーマはみんなで集まって決める事が大事である。

徳永さん: 藤田社長のような創業社長は大事であるし、好きです。私が思うにサラリーマン社長は面白くない。基本的に一株的発想をする。変わっていく球磨・人吉のシンボルとして中身が面白い。

藤田勲:心の豊かさが要求される。ものは余っている。本当にやっていくことが大事。それが大事だとわかっていても 、なかなか出来ない。目の前のどういう物をやっていくか分からない。今後一人、二人、と一緒にやっていければ活性化、 観光及び文化に結びつける。人と人とのつながりが大切である。 一つ一つを作り上げていく。それぞれ、皆、一生懸命で恥をかいて出来ない事はいっぱいある。社長業は自分が勉強していかなければならない。色んな人とあって勉強していく。 私のできる事は知れたことですから。私が一番嬉しいことは共に働いた従業員がよその会社に行って 「藤田と仕事を一緒に働いていた時が良かった」と言ってくれることです。 人間 らしい生活をしたいということは、お金だけではないなということですよね。仕事が出来るよりも、人間性が最終的には方向性を決めると思うんですよ。方向性が1つではないと、会社の方向性は 1つにならない。球磨食肉センタ一時代は、とにかく儲かりました。こんなに儲けて言いのだろうかと思うぐらい儲かりました。

徳永さん:その頃どれくらいの規模でやっておられたのですか。

藤田勲:従業員は、 29才の時に 110名おりました。

本田さん:社長は切り替えが早いようですね。決断と切り替えが早い。

藤田勲:食肉センター時代に2流品を1流品に見せかけて販売していました。見た感じがきれいかけん、売るっとですよ。でも儲かるけど長続きしないんですよね。その時の目標は金で社員が喜ぶ様にしていたんですよ。従業員は私を信用しない、任せない。労働組合ができて、10年遅れたと、その時思いました。それで、今までの会社をやめて、お金で優秀な社員を引き抜いてきて役職につけた。社員を育てるより、お金を儲ける事を方針にしていました。やることにつながるのは、自分に直接にひびくこと。みんなそれぞれにあると思うけど、きっかけを与えていけば、仕事は最初できなくても素直な人間ならある程度のところまでは伸びていくと思う。社会人になって、やめずに一生懸命やる人間、毎日一つずつ覚えていく人は、一年後には、それだけの物が身についていると思うんです。
自分自身が襟を正してやれば、ついて来てくれるんではないかと思うんですよね。それから、神城神社も大祭日を決めて祭っております。神城公園は、お金にならなくてもいい。神城文化の森を発展させていこうという気持ちなんです。

岸本さん:4月から進めるということで・・・。

藤田勲:広域行政組合事務局長の大松様に会って、話をしてみようと思っているですよ 。実際にやっておられる方の意見を聞いてみないとわかりませんからね。

本田さん:行政は観客として出席して貰う、又完成された人より今からの人が面白いと思うんですよね。

内山さん:行政は枠をはみできらんですからね。

岸本さん:形式としてメンバーに意見、考えを述べてもらい行政の方々には 、周囲で聞いてもらう事ですよね。

本田さん:知ってもらうことが大切ですもんね。また、 何か企んどっとではないかと人は、勘ぐるですもんね。そこをわかってもらわないと駄目でしょうね。

藤田勲:わかってくれる人だけでよかです。

本田さん:あの人がやるから、私もやるというふうに、住民に浸透していくとですよ。いずれは 、わからない人にもわかってもらうようにする。 心を売るんですよ。うわべだけの話だけでは、長続きしないですもんね。

岸本さん:4月に具体的に話しをつめながら、今日みたいに意見が、ばんばんでる方がいい。

藤田勲:出来る人、今からの人とやりたい。ここにもおられるから。(岸本さんとのこと)

本田さん:岸本がやるから何かあるのでやってみようかと言うことになるんですよ。

藤田勲:完成することは、きれい事ではないんですよ。 ものごとを作りあげることは複雑ですからね、故横山やすし程、本物の漫才師はいなかったって、 この前テレビでいいよったですよ

本田さん:あの人は、人生そのものが 漫才だっ たですもんね。

藤田勲:共通する人間でやれば成功する。常に攻撃しないと駄目だと思うんですよ。事業は守りに入れば負けだと思うんです。今まで事業で守りに入ったことは一度もありません。

本田さん:人生は守りでは駄目ですね。

藤田勲:自分はこういう考えで今やっているんだという人が集まってくれるとですね。子供の未来の話しでもよかけんですね。

本田さん:実際にやってきた人の話しが説得力がありますものね。

藤田勲:出来ない人はこなくていい。出来る人だけ集まって頂きたい。

遠山さん
平富さん

遠山さん:実を申しますと私は免田町の出身なんです。縁あって社長との付合いが出来ました。ここを取り組む前に、社長と話をしまして、 よし、まかせたといわれて、引き受けました。それ以前は東京にいまして 都市計画をやっており専門としておりまして、「よくぞ 、ここに目をつけら れた」というのが第一印象でした。当時、湿地帯で人の足が入っていない 状態でしたが、ここは、社長がやらなくても誰かがやるという直感がありました。社長は10年かかると話をされていた訳ですが、きっかり10年でオープンされました。見えないとやらないというのが社長のやり方でもあるわけです。 現在里の匠の件に取り組んでいるのですが、ここでの経験が大変役に立っております。

平富さん:10年前から測量の担当をしておりますが、最初こういう所にできるのかなというのが本音でした。排水の件でも苦労しました。許認可が おりない様なことも社長の力でできました。

遠山さん:社長のことで決断が早いとい うことでしたが、実は間違いでして計画を立て自分の中で描いて答えを出すまでが長い、決めたら早いですけどね。

藤田勲:資金計画が一番ですからね。

徳永さん:計画についての資金については、どのようにお考えでしょうか。

藤田勲:造成はうちでやります。 球磨 ・人吉の悪い面、例えば新卒者が故郷を何故離れているか。神城文化の森の資料を調ぺてみないと分からない。 作り上げていくのは、私一人ではないのですから。やる人がおったら土地を提供します。断言します。
神城文化の森と球磨・人吉がどういうふうにつながっていくか。これからももっとよい球磨・人吉になる為には何ができるのか。よくなっても意味がない。球磨人吉が一つになって祭りごとを1つ、年1、2回やって、都市外からお客様に来て頂ければ本物だと思います。

岸本さん:まず第1回日としましては、
①現楊でやっている人に集まってもらいその人達の話をじっくり聴く
②社長を知るということで進めていきたいと思います。

藤田勲:実際やっている人の話しでないと駄目ですね。

徳永さん:色んな人が集まって 1つのことを皆で作ったという事が大事です。

本田さん:球磨・人吉の人が、地元のことを知らない。

会食 会話内容抜粋
・球磨・人吉の人は、郷土愛が強い
・球磨・人吉を一つにすること
・球磨・人吉で一番活気のある行政は水上村
・意見が出る様に育てていく
・学校の先生が悪いというけれど、親が悪い
・行政の人には活躍する人達を激励して下さい
・一年に 1回、後はつき回継続していく事によって、1が2になり 、2が3になる
・後に続くようなことをやる ・母体を作る(個人ではなく)
・母体で球磨・人吉を動かす

岸本さん: 先ずは 4人の理解者ができたわけです。
皆さん次はこちらでも、提案討論をお願いします。

藤田勲:4月の後半に第1回を行おうと思います。夢目標を持つていった方が楽しい。夢のない人生ではつまらない。土地は自社にあるので、今年意見を聞いたり今までやってきた中からできる事をやっていきます。新しくテナ ントに入って頂く彦 一本舗の人達の力を借りながら。

本田さん:私は未来さんと言われているんですね。岸本さんよりそうつけられたのですが。出会いというのは偶然ではないと思うんですよ。
色々な出会いを大事に人吉・球磨の事を考えてて後世に自慢できる様に、やっていきたいと思います。 今日は知らない社長さんの部分を聴かせて貰って嬉しかったです。 有難うございました。