神城神社

藤田勲 藤田俊哉

神城祈願祭が毎年12月28日に行われます。昭和59年の第一回から数え平成30年で第34回目となります。平成25年第29回目には藤田俊哉の理事長任命式も行われ、藤田勲も古希祝いを神城神社で行いました。

HP内リンク→ 第30回 神城神社祈願祭 HP内リンク→ 第30回 神城神社祈願祭

HP内リンク→ 藤田勲 古希祝いHP内リンク→ 藤田勲 古希祝い

この地は、古く新城または新城原と称し、神の聖地として祠のご神体が祀られてきました。 この地を開発するにあたり、藤田 勲は神の御社をお祀りし、大国主命をご祭神としたいという強い思いがありました。 そして白蛇神の御姿を見て、開発の成功を祈願したところ、「この地に天上天下をあまねく照らす太陽神である天照坐皇大御神(天照大御神)の御霊を遷祀し、神城神社とせよ」 との神託を得て、昭和六十年八月十日に神城神社として社殿を建立した。 そして、平成十一年五月二十八日に本殿、拝殿からなる新しい社殿を建立した。 祠の守護神は白蛇神とお告げがあり、この白蛇神が白龍大神となり八大龍大神として御姿を現わされ、神城神社の守護神としてお祀りしてあります。

狛犬

狛犬

境内

境内

手水舎

手水舎

社務所

社務所

祠

最初昭和59年に神城神社神を
造営する前の土地に
山の神(石の祠、桜の木)の祀られていた祠が
桜の根本に祀ってあった場所です。

神城神社

神城神社

神城神社から向かって正面右側から写しております。

拝殿

拝殿
床は熊本県球磨郡山江村の孔雀石で壁や天井はヒノキでできています。

拝殿

拝殿
床は熊本県球磨郡山江村の孔雀石で壁や天井はヒノキでできています。

本殿

本殿

本殿

本殿

本殿

本殿

地元の地権者の方たちが昔から神様として祀っていた石の祠が山の神である山桜の下に祀ってありました。神城神社を建立する時に障害になったので、山桜を伐採して御神殿に石の祠・神様と一緒に祀ってあります。また、石の祠(神様)の土台などに使っております。感謝の気持ちを込めて桜500本を神城文化の森に植栽しており、30年ほど経ちます。

神城神社の高台からの眺め

神城神社の高台からの眺め

神城神社

神城神社

神城神社

神城神社

神城神社の前や周りの石は熊本県球磨村の石です。神城神社の正面20m先を1000m掘削して53,8℃の源泉を流出させました。温泉が出たのが8年前で温泉利用許可済証が発行されたのが平成19年2月26日となります。※温泉は現在工事中です。完成予定日は8月下旬となります。

神城神社

神城神社
サンロードシティより

神城神社
サンロードシティより

白蛇の神殿

白蛇神社の神殿

白蛇の神殿

白蛇神社の神殿

白蛇神の神殿

白蛇神社の神殿

白蛇神社の神殿

神城神社 白蛇神の神殿 平成5年5月31日に白蛇がでてTV、新聞などでニュースにもなりました。ジャスコ サンロードシティ店(現イオン)オープン4日目に岡田名誉会長様が来店された時に白蛇がでました。あいにく死んでしまいましたが、本物を剥製にして現在も祀っております。白蛇は商売繁盛の神様でもあります。

白蛇神剥製

白蛇神剥製

白蛇神剥製

白蛇神剥製

新聞記事を石にコピーしたもの
記者がタバコを置いて分かりやすくしたがため残念ながら死んでしまいました。

神城文化の森の御神木(御神木の木として大事に展示しております)

内閣総理大臣賞を受賞したケヤキ(玉杢)一番玉と同じ木の二番玉、三番玉です。(雷が落ちた木・風神・雷神)

ケヤキ(玉杢)

ケヤキ(玉杢)

ケヤキ(玉杢)

ケヤキ(玉杢)

アララギ(一位)の根っこ
樹齢500年 御神木
熊本県人吉五木村産

アララギ(一位) 樹齢1,000年以上
御神木
熊本県人吉五木村産 天然乾燥20年以上
ものすごくツヤ、木目も良くまさに神様の木と言えます。

雷の落ちた木 ケヤキ(欅)
御神木

宮崎県霧島産 マツ(松)
御神木

ホシコガ

ホシコガ
御神木

ホシコガ

ホシコガ
御神木

ナギの木

ナギの木(杢入り)共木
御神木

ナギの木

ナギの木(杢入り)共木
御神木

ホシコガ(カゴノキ)分布は本州(関東地方・福井県以西)、四国、九州、沖縄など
ナギの木 分布は本州(紀伊半島、山口県)、四国、九州、沖縄など熊本県湯前町安牧神社のホシコガは昭和57年にふるさと熊本の樹木に選定され、和歌山県には樹齢1,000年と言われているナギの木が御神木となっており、どちらの木も人間から親しまれています。
神城文化の森には神城神社があり、木の博物館に御神木としてホシコガとナギの木、アララギ(一位)、自然現象で雷の落ちた木を原木のままおいております。地球現象の自然の中から生まれた雷が落ちた木を、神城文化の森では御神木として大事に展示しております。

人吉神城(お城)

「神城文化の森」の中心地 人吉神城(お城)

このあたりは、古く新城または新城原と称し、赤池城とともに人吉城防衛の一角を占め、白拍子、万福寺などの地名もまた古い由緒を物語るものです。この地域を開発して、神城を築くにあたり、山頂の祠を新たに神城神社とし、810年にわたる人吉城鎮護の歴史にあやかり、神城ならび地区全域の平和と幸福と繁栄と福祉の守護神として仰いでおります。神城神社は、開運招福、商売繁盛の神でもあります。
そして新城は、人吉城の東南を守る要塞として、古く外城が設けられたといわれています。その外城を復元して球磨・人吉全域のシンボルとし、改めて神城と呼ぶことにしました。神城は、本丸と二の丸の二棟があり、特に本丸上層からの眺望は、錦町は言うまでもなく上球磨・人吉一帯も展望でき、その大観望は素晴らしいものがあります。

 人吉神城

 人吉神城

 人吉神城

 人吉神城

 人吉神城

 人吉神城

 人吉神城からの眺め

 人吉神城からの眺め

 人吉神城からの眺め

 人吉神城からの眺め

 人吉神城からの眺め

 人吉神城からの眺め

相良810年記念館神城(お城)の由来

この地域は、古来新城と呼ばれ、人吉城の東南を守る要塞として、古く外城が設けられていた、といわれる。
今回、その外城を復元して、人吉・球磨全域の中心的シンボルとし、改めて神城と呼ぶことにした。
神城は、本丸と二の丸の二棟あり、とくに本丸上層からの眺望は、錦町はいうまでもなく、人吉・上球磨一帯も展望でき、その大観は、まったく他の追随を許さない。多くの人々が、この佳景に接し、神城の歴史的・現代的意義と価値を満喫されんことを。
神城の内部には工芸品など多数、貴重な古い人形や絵などが展示されております。

神城文化の森 一の蔵

一の蔵(昭和時代に作られた蔵)

神城文化の森 二の蔵

二の蔵(昔の蔵)

三の蔵

三の蔵(昔の蔵)

四の蔵(昭和時代に作られた蔵)