藤田勲、藤田俊哉

藤田勲

藤田勲 リンク(グーグル)

藤田勲 森林セラピー基地市房山市房杉前にて撮影

fujita meishi

「地域活性化伝道師」派遣制度とは、地域活性化に向け意欲的な取組を行おうとする地域に対して、
地域興しのスペシャリスト(地域活性化伝道師)を紹介し指導・助言などを行うものです。
内閣府地方創生推進事務局リンク
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/ouentai.html

fujita meishi

・左 藤田 百太郎 藤田勲が3歳の頃の曾祖父
・ 中央 藤田勲が7歳の頃の父 ・右 藤田勲が7歳の頃の母

 

神城文化の森 藤田株式会社 藤田勲
これまで創業49年になります。昭和41年2月~平成27年1月
藤田勲 著作 企業文化力 リンク(グーグル)

 

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・小学校1年生当時の私
(子供の頃、遊びを目標にしていた頃 遊びが大好きでした。)

 

藤田勲
社会人の第一歩 名古屋市港区
善進町養鶏場勤務時代(15歳)
熊本県球磨郡
旧免田町 生家

 

私は創業以来49年余り【郷土愛を大切にしたい 社員一丸となって郷土に奉仕】を企業理念として取り組んでまいりました。熊本県球磨郡免田町(現あさぎり町)に5人兄弟の次男として生を受け15歳の時名古屋市港区の養鶏場で2年半ほど経験を積み、帰郷し、熊本で養鶏会社での勤務を通じてさらにノウハウを習得し21歳で実家の一部を改装し「藤田精肉店」を創業致しました。
藤田勲 藤田精肉店   創業
昭和41年2月 藤田精肉店
(当時21歳)

 

昭和45年には「有限会社中球磨ブロイラー」を立上げ、さらに昭和48年に「有限会社球磨食肉センター」としての挑戦が始まりました。開業当初からの従業員、そして何より妻の支えもあり、わずか3年で従業員が100名を越え九州管内に営業所を11ヵ所つくるまでに成長することができました。この時期が一番苦しい時代ではありましたが、楽しい時代でもありました。
8‐3球磨食センター時代 8‐1球磨食センター社屋
(29歳) 有限会社球磨食肉センター(旧免田町)

 

これから先、一期一会での人生「一期一会と感謝の気持ち」 私は、地球環境の中で自然が大好きです。趣味を聞かれる時には「自然です。山、川、花なども含め、すべての自然が大好きです。」と答えています。自然は、人間が生きていくための多くのことを教えてくれます。自然から学んだことの教えを守り、伝えることが大切だと思います。そして、最後は郷土愛。私は15歳で集団就職し、21歳で故郷に戻りました。子どものころの遊び場だったレンゲ畑、夜の星空や川辺でのホタルなど自然に囲まれた環境で育った私にとって故郷とは死ぬまで生活するところです。だから地元に帰ってきたわけです。 子どものころからの夢である「社長か町長になること」の実現のため徐々に規模を大きくして球磨食肉センターを経営しましたが、その球磨食肉センターを人に譲ってスーパーマーケット業界にも算入しました。
11‐2サンロード1号店 11‐1サンロード㈱設立時
地域に密着したスーパー「サンロード」第1号店 (38歳)
昭和58年6月1日、”ゼロからの出発”と”地元に貢献”を企業理念に掲げ「株式会社サンロード」を設立し、スーパー業界に転身しました。当時は「良い商品を正しい価格販売するのが前提。チラシを出さなくともお客様への感謝の気持ちが伝わればいい」と考え、盆・正月・創業祭以外はチラシを出しておりませんでした。

 

郷土の皆様の生活向上につながることを願ってスーパーマーケット、書店を球磨・人吉の各地域に展開し事業を拡大、球磨食肉センター時代に培った人脈でテナントを誘致し、熊本県下最大規模の大型店舗「錦サンロードシティ」土地10万5000坪の「商業複合施設」建物を工事着工しました。
総面積 331,803㎡(10万5000坪)(10年計画)土地所有の地権者57名の方から譲っていただいき、10年計画で山を削ったサンロードシティ錦町造成跡地

錦サンロードシティSC起工式

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錦サンロードシティSC起工式 平成4年7月20日

  • 主催者 藤田株式会社の前身 サンロード株式会社(当時)
  • 設計施工業者 清水建設株式会社
  • 出席者80名
手前より 県会議員 高田様(当時)
イオン九州ジャスコ 金柿社長(当時)
藤田勲

 

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玉串奉奠 藤田勲 玉串奉奠 藤田勲
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玉串奉奠 藤田勲 撤饌(てっせん)の儀 藤田勲

 

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ご挨拶 イオン九州ジャスコ
金柿社長(当時)
お礼のご挨拶 藤田勲

 

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起工式が終わって帰られるお客様に藤田勲よりお礼のご挨拶

 

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イオン九州金柿社長(当時)、東京のイオンから来られた開発部長と幹部の皆様
手前 藤田 勲

 

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錦サンロードシティ

 

錦サンロードシティSC新築工事上棟式

  • 主催者 藤田株式会社の前身 サンロード株式会社(当時)
  • 設計施工業者 清水建設株式会社 平成5年3月27日
  • 出席者100名

 

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上棟式 式場

 

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上棟式 上棟式

 

玉串奉奠 藤田勲 名称未設定 44_R
玉串奉奠 藤田勲 玉串奉奠 藤田勲
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玉串奉奠 藤田勲 玉串奉奠

 

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スパナで金と銀のネジ(ボルト)締め儀式
福岡ジャスコ取締役会長阿河様(当時)、清水建設松浦様(当時)、藤田勲
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 スパナで金と銀のネジ(ボルト)締め儀式
藤田勲、福岡ジャスコ取締役会長阿河様(当時)、藤田勲、清水建設松浦様(当時)
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スパナで金と銀のネジ(ボルト)締め儀式
藤田勲、清水建設松浦様(当時)、福岡ジャスコ取締役会長阿河様(当時)
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 スパナで金と銀のネジ(ボルト)締め儀式
福岡ジャスコ取締役会長阿河様(当時)、清水建設松浦様(当時)、藤田勲
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スパナで金と銀のネジ(ボルト)締め儀式
藤田勲、福岡ジャスコ取締役会長阿河様(当時)、清水建設松浦様(当時)
3名によるボルト締め式終了

 

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錦町町長 松田様(当時) お礼のご挨拶 藤田勲

 

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出席者全員にて乾杯
式典は無事終了いたしました。御来席の皆様誠にありがとうございました。
式典終了後引き続き餅投げ

 

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上棟式終了後の餅投げ 藤田勲、イオン幹部の皆様、
清水建設松浦様(当時)、清水建設工場長様(当時)

 

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餅を拾いに沢山のお客様に来て頂きました。(お客様500人)

平成5年5月28日OPENをお客様がこれだけ大きいショッピングセンターが球磨人吉に初めてできることを、大変楽しみにしておられました。とても有意義な一日でした。

 

弊社は、郷土の皆様方のご支援、ご愛顧のお陰を持ちまして、
平成5年5月に創業27年を迎える運びとなりました。
心より感謝申し上げます。

この27年を振り返りますと、昭和41年6月に藤田精肉店を創業以来、地元球磨・人吉出身者である弊社が、社の使命感である「郷土愛を大切にしたい 社員一丸となって郷土に奉仕」に基づき、昭和58年6月1日の株式会社サンロード設立より球磨・人吉の「まちづくり(核)」を目指すことを決意し、その目標達成の為10年計画を立て取り組んで参りました。お陰様で、幾多の困難を乗り越えることができ、無事平成5年5月28日、ジャスコをキーテナントとして迎えサンロードショッピングセンターをオープンさせて戴きました。お客様に販売することでの”喜びや充実感が何事にも代えがたい”ことです。また、会社が大きくなる度に「地域の皆様に育てられた」との思いも大きくなりました。

平成5年5月28日 藤田勲 サンロードシティオープンのご挨拶  (48歳)

平成5年5月28日 サンロードシティオープン

 

平成5年5月28日 サンロードシティオープン テープカット

サンロードシティ熊本 起工式 平成15年7月2日

熊本市東町中央 熊本市中心部で一番人口の多い文教地域にて、
サンロードシティ熊本起工式(150人ほど出席)

 

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女性社員が起工式のために色んなものを手作りで作っものを、市房杉の木のカウンターの上に乗せてディスプレイしました。

 

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サンロードシティ熊本の藤田勲と社員(当時)で市房杉の木の枝のカウンター受付にてお客様をお出迎えいたしました。

 

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起工式には大勢参列いただきました 宮司様 神事

 

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玉串奉奠 藤田勲 玉串奉奠 藤田勲

 

神昇之儀 藤田勲 神昇之儀 藤田勲
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神昇之儀 藤田勲 神昇之儀 藤田勲

 

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藤田勲よりお礼の挨拶

 

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末永くお世話になっている司会の長井様と藤田勲 無事に起工式が終了して安心いたしました。

サンロードシティ熊本

サンロードシティ熊本の配置図

サンロードシティ熊本のテナントには ・サンロード明屋書店 ・イオン九州マックスバリュ ・ベスト電器 ・ユニクロ  ・シュープラザ  ・ゲオ ・ホロスプランニング ・サンドラッグ  ・眼鏡市場  ・アスリートクラブ熊本 ・庄屋  ・炭火蔵  ・宝くじチャンスセンター

サンロードマンションには2階~9階の賃貸マンション32戸 一階はサンロードシティマンション事務所とテナント ・シロヤのクリーニング ・グランペール ・オレンジガーデン ・パソコン教室わかるとできる ・beauty parlor ・イーグル歯科

 

サンロードシティ熊本の開発

平成14年11月に熊本市東町文教地域の中心部で財務局国有地を一般競争入札で全体で約17億円で買い、「サンロードシティ熊本」複合商業施設と9階建て32戸の「サンロードシティマンション」を総事業費45億円をかけ、テナントも入れ(明屋書店とサンロードシティマンションは直営です)、土地取得から1年で平成15年11月28日にOPENいたしました。

サンロードシティ熊本

 

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平成15年11月28日にOPEN 藤田勲 当時58歳

 

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集合看板 サンロードマンション
9階建て
賃貸マンション32戸
一階はサンロードシティ
マンション事務所とテナント

 

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サンロードシティ熊本 全景 画像右端 藤田勲と当時の従業員

 

私の尊敬する人

まず、イオングループ パラミタミュージアム名誉会長 小嶋 千鶴子氏(イオングループ創始者のお一人)です。創業者の岡田卓也氏の実姉で、岡田卓也氏が成人されるまで、戦後間もない大変な時期の老舗岡田屋を守り、イオン創業からは、人事や内政を一手に取り仕切り、イオングループの基礎を作られた方です。ご自身がご引退後、長年の体験から得た経営、人事の考え方を「あしあと」という本を書き綴られました。特に、「企業は人」のお考えには深く共感をしています。引退後70歳から始められた“陶芸”への情熱と心が落ち着く作品の数々、私を常に驚かせる方です。 卒寿(90歳)の時、平成19年3月9日(5日間)、東京の渋谷にあります『黒田陶苑』で個展を開かれました。 この個展は、小嶋様が「難民を助ける会」「国境なき医師団」に作品の収益を寄付されることを目的に開催されした。 作品は、一点、一点が個性的で、情緒豊かな作風で、あっと言う間に売れていきました。私も社会貢献の意志に賛同し、全500点の中の200点を購入させて頂きました。 その他、平成24年7月25日小嶋千鶴子様陶人形展「ゆびあと」にて陶人形を50体購入させて頂きました。人を見る目の強さ、凛としたお姿、言動、私がも尊敬する方です。お歳のことをいうのは失礼ですが、90歳を超えられた今も陶器を作り続けられ、そのバイタリティあふれる人生を続けられています。 私が迷った時などには、これまで交わした言葉が道しるべの様に導いて下さる、また、健康で長生きするための模範としてお教え頂いている、私にとってかけがえのないお人柄の方です。
小嶋千鶴子様 藤田勲 小嶋千鶴子様ご作品
小嶋千鶴子様には、ご高齢にも関わらず、わざわざ弊社神城文化の森にご見学に来て頂き、大変感謝致しております。 小嶋千鶴子様のご作品の一部
陶人形50個、陶芸品200個の計250個を購入させて頂きました。

 

また、今の私が在るのも人生のすべてを会社に捧げた経営者4名に共感できたことであります。 まず、日本ハム創業者 大社 義規氏(故人)大社義規氏には、球磨食肉センター(昭和48年設立)から熊食産業(昭和55年設立)の食肉卸や肉のジャンボ市などを展開していた時代に、全国区の企業トップにはじめて直接お会いした方でした。九州の山奥の一企業に当時、高価だった保冷車を3台も寄贈していただき、その期待と感謝の大きさに感銘を受けました。 私自身が地方の企業でも、大企業と一緒に仕事ができる手ごたえや醍醐味、そして日本ハム企業の理念など多くのことを学ばせていただき、後の企業活動や企業のあり方の薫陶を受けました、ゆえに大社義規氏には、創業まもない弊社に多大なバックアップをして頂き、今でも感謝を致しております。
藤田勲 大社社長様
故 大社社長様には、創業まもない弊社に多大なバックアップをして頂き、 今でも感謝を致しております。

 

次に、イオングループ 名誉会長 岡田卓也氏(現イオングループの創業者)です。サンロードシティ錦町のキーテナントにイオンに入って頂いたことは、私の人生の大きな出来事です。岡田卓也氏の経営理念と私の経営理念に共通することが多かったことがテナント誘致の大きな要因でしたが、自然や環境保全への大きな感謝や責任感をお持ちで、業務上のおつき合いだけでなく個人的にも懇意にして頂いております。 2007年には、イオン財団を通じて「万里の長城への植樹」を行い、ご一緒させて頂きました。 現在私が関心を寄せている環境保全活動や国際貢献の窓を開いて下さったのは、岡田卓也氏のお陰です。また、45年間の事業成功には、イオングループ、岡田卓也氏のお力添えが無ければ、いまの私はなかったと思います。
藤田勲 岡田名誉会長様  当時43歳 二木英徳社長様 藤田勲
岡田名誉会長様には、これまで何度も、神城文化の森に訪れて頂きました。 人吉市土手町21-2(旧)藤田株式会社事務所前にて
平成元年1月14日当時ジャスコ、現イオンの二木英徳社長様(当時)が契約締結後、来社して頂きました。

 

次にイエローハット創業者 鍵山 秀三郎氏です。鍵山秀三郎氏は、当時よりサンロードシティ錦町にテナントに入って頂いております。「イエローハット」の創業者であり、また、NPO法人「日本を美しくする会」「掃除に学ぶ会」を主宰し、トイレ掃除を通じての人間育成に取り組まれている方です。 鍵山秀三郎氏は、日本だけでなく世界中にこの取り組みを普及されています。私も社員教育の基本は、「あいさつ」「そうじ」と鍵山秀三郎氏と同じ考えを創業時より一貫しています。 鍵山秀三郎氏が神城文化の森にご訪問をされた時も事業や業務の話より、人材育成や人格形成などの「人と人のつながり」についての話ばかりしていました。鍵山秀三郎氏とは、今は年数回ですが何かあれば手紙のやり取りをしています。 鍵山秀三郎氏は、いつも直筆で力強く、また私の後押しをして下さるようなお言葉を投げかけて下さいます。会話だけでなく、その思いや感動が形になった手紙は私の一生の宝です。今日私が様々な事を成し遂げられたのも、一期一会の出会いにより、日々感謝の気持ちを忘れず精進していきます。
鍵山秀三郎先生 藤田勲 鍵山秀三郎先生 藤田勲
これまでにも数回、鍵山秀三郎先生に当施設を訪れて頂き、そのたびに新たな気持ちで色々な話を聞かせて頂いてます。 平成24年3月14日 東京都にて野田総理より感謝状贈呈のお祝いを鍵山秀三郎先生よりお祝いして頂きました。

東日本大震災 心の復興支援活動

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PDF 鬼復興祈念プロジェクト 心の復興支援講演会 ~青少年健全育成のために~

 

平成24年1月21日 京都大学にて藤田俊哉講演会
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右 京都大学 経営管理大学院院長・教授 工学博士 小林潔司 様(当時)へ鬼に金棒人形 屋久杉木札付きを贈呈

 

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女子学生の皆様と撮影 男子学生の皆さまと撮影

 

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藤田俊哉講演前 藤田勲によるご挨拶

 

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藤田俊哉より 題:プロサッカー選手による東日本大震災復興支援活動報告を講演させていただきました。
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藤田俊哉より 題:プロサッカー選手による東日本大震災復興支援活動報告を講演させていただきました。

 

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講演会の会場の様子
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講演会の会場の様子

 

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会場の先生方と記念撮影

 

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・左 藤田勲
・中央 一般財団法人 神城文化の森 藤田財団 副理事長(当時)
・右 藤田俊哉のご友人 元サッカー日本代表 田中誠 様

 

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講演会終了後、皆様で懇談会行いました。
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中央 藤田俊哉 右 田中誠 様
弊社オリジナルブランド焼酎 銘柄元相良藩十代目 おかみさん、鬼に金棒もお楽しみいただきました。

平成25年‎5‎月‎11‎日 学習院大学にて 藤田俊哉講演会

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平成25年5月11日東京大学にて ・中央 東京大学都市工学科准教授 城所哲夫様 鬼に金棒人形屋久杉木札付きを贈呈
・左 一般財団法人 神城文化の森 藤田財団 副理事長(当時) 藤田俊哉
・右 東大まちづくり大学院クールジャパン 委員 藤田勲

 

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画像中央:平成25年‎5‎月‎11‎日 学習院大学にて 藤田俊哉講演会前に
藤田勲によるご挨拶をさせていただきました。
・画像左右 藤田勲著作 左:表紙 右:裏表紙
企業文化力と経営力 「中小企業よ、今こそ経営力を!」(共同著者)
藤田株式会社 代表取締役 藤田勲 および PDD中央経営 松崎 一郎
〔平成23 年10 月発売〕 明日香出版社(東京都文京区水道 2-11-5)

 

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平成25年‎5‎月‎11‎日 学習院大学にて 藤田俊哉講演会

 

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画像中央:藤田俊哉が学習院大学サッカー部の指導をさせて頂きました。
・画像左右 藤田俊哉著作 左:表紙 右:裏表紙
著作:日本サッカーMF論(共同著作)
藤田俊哉 および 杉山茂樹
〔平成24 年10 月18 日発売〕実業之日本社出版

 

野田総理(当時)より感謝状 野田総理(当時)
野田総理(当時)より総理官邸にて感謝状を贈呈いただきました。

野田総理より感謝状 リンク(グーグル)

一般財団法人 神城文化の森
藤田財団 理事長 藤田俊哉

神城神社 神城神社
藤田勲 藤田俊哉 藤田俊哉
平成25年12月28日 神城神社祈願祭にて任命式 一般財団法人 神城文化の森
藤田財団 理事長 藤田俊哉
1971年10月4日生まれ、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身。
元プロサッカー選手。

小学校からサッカーを始め、清水商業高校に進学。2年生のときに高校選手権を制覇。 高校卒業後は筑波大学を経て、1994年ジュビロ磐田に入団。 1年目からスタメンに定着し、中山雅史や名波浩らと、ジュビロの黄金期を築く。 Jリーグでは通算、ステージ優勝6回、年間優勝3回、アジアクラブ選手権や3度のベストイレブンを受賞。 2003年オランダのFCユトレヒトへ半年間の移籍後、Jリーグに復帰。 FW登録以外の選手では初めてJ1 100ゴールを達成し、2012年に現役を引退。 2012年6月まで、日本プロサッカー選手会会長を3期6年務めた。 また、2011年に発生した東日本大震災では、他のスポーツ界よりも早く支援策に動く。 国内だけでなく、海外でプレーする選手達を即座にまとめ、選手会長としての手腕を発揮する。 さらに同年12月23日には「被災地に勇気を」と題し、ユアテックスタジアム仙台にて約19,000人を無料招待するチャリティーマッチを開催。多くの方々に勇気と元気を与えた。 平成25年5月23日(木)には国立競技場にて、自身の引退試合を開催しました。 今後は、日本サッカー界発展のため、2014年1月よりオランダに渡り、日本人初となるヨーロッパクラブでの監督就任を目指しオランダ一部リーグのVVVフェンロで指導者としてのキャリアをスタートさせる。 サッカー選手と同様にハードルの高い挑戦だが、自ら挑戦を続ける事で同世代の方や、将来を担う子供たち達に勇気や元気を与えたい。 そして、スポーツを通して平和で明るい社会作りに貢献していくことを目指していきます。

1994 筑波大学卒業
1994-2003 ジュビロ磐田
(1998.2001.2002 Jリーグベストイレブン)
(2001 Jリーグ最優秀選手賞(MVP)・2002 日本年間最優秀選手賞)
2003-2004 ユトレヒト(オランダ)
2004-2005 ジュビロ磐田
2005-2008 名古屋グランパスエイト
(2007 プロサッカー選手会4代目会長就任)
2009-2010 ロアッソ熊本
2011 ジェフユナイテッド千葉
2012 引退表明
(Jリーグ功労選手賞)著作:日本サッカーMF論(共同著作)
藤田俊哉 および 杉山茂樹
実業之日本社出版 平成24年10月18日発売
2013 5月23日 自身の送別試合「ほけんの窓口プレゼンツ 藤田俊哉送別試合」開催
(東北3県(岩手県・宮城県・福島県)の子ども達を招待)
オランダのクラブチーム”VVVフェンロ”ハイベルデン会長とコーチ契約を結び、今夏にオランダに渡りトップチームのコーチとして監督を補佐する。

 

平成25年12月7日土曜日藤田俊哉 屋久島サッカー教室鹿児島県屋久島にて小学校5、6年生を対象に午前10時から正午まで指導致しました。

  • 主催 一般財団法人 神城文化の森 藤田財団
  • 後援 屋久島町体育協会 屋久島町サッカー協会 屋久島スポーツ少年団

藤田 俊哉 リンク(グーグル)

 

藤田俊哉 サッカー教室
平成25年12月7日土曜日 サッカー教室の開始前に、
鬼に金棒人形屋久杉木札付きを
鹿児島県屋久島町 町長 荒木 耕治様に贈呈。

 

藤田俊哉 サッカー教室
平成26年2月 藤田俊哉 ラオスサッカー教室にて

 

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平成27年7月18日土曜日第2回 藤田俊哉 屋久島サッカー教室鹿児島県屋久島にて開催いたしました。藤田財団理事長 藤田俊哉と共に、講師に元日本代表選手の松原良香氏をお迎えしての開催となりました。

  • 主催 一般財団法人 神城文化の森 藤田財団
  • 後援 屋久島町体育協会 屋久島町サッカー協会 屋久島スポーツ少年団

 

藤田俊哉は現在、オランダ、リンブルフ州の都市フェンローを本拠地とするサッカークラブVVV Venlo(VVVフェンロー)でコーチとして所属しており、日本のみならず世界で活躍しております。