球磨人吉 地域づくり委員会

平成27年5月18日(月)午後12時より第9回日本、木の文化と地域づくり委員会を開催いたしました。次回の開催も予定されております。

※画像はクリックしてご覧ください

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第9回地域づくり委員会
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第9回地域づくり委員会
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第9回地域づくり委員会

地域づくり-事業計画(案)地域づくり委員会は『日本、木の文化』『球磨人吉の歴史と文化』をキーワードに球磨人吉を一つの方向に向けられるような“地域づくり再生の母体”が必要と考えております。グループや市町村の小さな単位で組織せず、球磨人吉全体で組織を形成する事が必要です。シンボルとして『新生相良藩』を活用し<球磨人吉の地域づくり、まちづくり>が一つの方向に向かうように指標を明確にする事が必要と考えます。

内閣官房地域活性化 人吉 リンク(グーグル)

内閣地域活性化 活動 日本一 リンク(グーグル)

菊の門入りの一勝地焼
菊の門入りの一勝地焼で大正12年6月8日に相良37代目相良頼綱様より
人吉事務所相談役 益田 萬四郎様に贈られたものです。

 

手前 前列に並んでいるのは一勝地焼 上段 一勝地焼と上村焼が混ざっています。 
球磨人吉を代表する陶磁器 一勝地焼きと上村焼
手前 前列に並んでいるのは一勝地焼
上段 一勝地焼と上村焼が混ざっています。
中央最上段の駕籠の隣にある、大きい壺は菊の門入りの一勝地焼で大正12年6月8日に相良37代目相良頼綱様より人吉事務所相談役 益田 萬四郎様に贈られたものです。

 

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益田 呉服店看板

 

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相良37代目相良頼綱様より人吉事務所相談役 益田 萬四郎様に贈られた手紙

 

大正時代青井阿蘇神社神主 柳瀬 人吉 様より寄贈 油絵 人吉神社文化財
左:作家 オサフネ筆 人吉城の櫓 右:作家 オサフネ筆 人吉城大手門
(大正時代)            (大正時代)

 

「生まれ育ったふるさとは、誰の心にも常にあるもの」身体はどれだけ遠い場所にあっても心はいつもふるさとと、ともにあり「一生のうちに何かを遺したい、ふるさとに社会貢献したい」の強い思いを軸に地域社会への奉仕の精神と出会いを大切にしながら様々な困難を乗り越え、会社の財産を費やし、 48年前に地元で精肉店を開業してから寝る間も惜しんで事業に打ち込み一歩一歩階段を上り、ふるさとへの恩返しに町づくり、地域づくりに取り組んでいたことで、内閣官房より「地域活性化伝道師」の拝命を受けました

日本一 地域づくり リンク(グーグル)

球磨人吉の文化の日本一 リンク(グーグル)

藤田勲 地域活性化伝道師
平成22年10月9日に内閣官房地域活性化統合事務局より地域活性化伝道師を拝命。
藤田勲と内閣官房 高村参事官(当時)
内閣府地方活性推進室HP→http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/ouentai.html

地域振興の新展開-ライフスタイルのブランド化への歩み
日本、木の文化と球磨・人吉地域づくり

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31-1藤田写真
一般財団法人神城文化の森藤田財団会長 藤田 勲(ふじた いさお)

藤田財団は、“地域づくりは、人づくり、風土 づくり”をモットーに、『木の文化』と『相良文 化815年の歴史』を地域づくりに活かし、これま での行政主導の“まちづくり”から、球磨人吉10 市町村と民間が一体となった“地域づくり”に取 り組んでいます。また、“自然・季節観に抱かれ た暮らし方”を提唱し、
『ライフスタイルのブラ ンド化』を広く、日本、世界に発信しています。

 

自然・季節観に抱かれた暮らし方を生かした地域づくり

かつて、地域の住民は自分たちの土地に受け継がれた作法や風土の中に育まれた美意識、暮らしの知恵や文化を守り繋げる絆を「地域の営み」として自負と誇りを持って大切に暮していました。そして、それらを支える豊かな手仕事や技があり、現代に、それらを掘り起こし、取り戻すことは、新しい地域の誇りとなり、精神的な豊かさをもたらすと考えます。そこには、数々の小さな手仕事が雇用を生み出し、それをもとに新たな価値が生まれ、他の土地柄の技や知恵と組み合わせれば、日本の暮らしの文化交流や外貨を稼ぐ道も開けると思います。
全国的に地域活性化の妙策が見つかりにくいなか、昔の暮らしを、其々の土地ならではの暮らし方として取り戻し、住民自らが内外に語りかけていく地域づくり。数々の小さな手仕事や生業を生み出し、地域の暮らしを自他共に誇れるものにしていく。支え合う精神社会が築かれ、そんな場所や暮しには誰もが魅せられると思います。来訪者は、地域を巡ってその土地が雄弁に語りかけるすべてに感動し共感する。そのような「地域の営み」を次の世代にしっかりと引き継いでいく。それこそが“ライフスタイルのブランド化”であり、先人の教えを引き継ぎ次世代に繋ぐ無形の財産になると共に、日本が世界に誇れる地域ブランドづくりだと確信します。
伝えたい木の文化、遺したい美しい山林の森、そして旧相良藩の歴史を、後継者に引き継いでいくには、地方が受け継ぐ「木に対する眼差し、作法、美意識」を暮らしのなかで研ぎ澄まし、木に包まれ、木とともにある暮らし方というものを築き上げていく必要があります。それは、木の文化を大切に受け継ぐ暮らし方を軸に、手仕事や産業を興し、誇りや郷土愛、地域の信頼や絆を築いていくことです。
そうすることで地方の豊かな森林も守られ、このような取り組みを広げれば、次世代のこの国の自然や地球環境も守られ、私が進めている “木の文化による地域づくり”となります。豊かな地域の資源や特性、文化に目を向けるとき、地域の奥行きの深い潜在可能性が見えてきます。
森林セラピー、木で作られた施設や住まいの建築、・家具や調度品・小物、歴史的な建造物の復元、木をふんだんに使った地産地消の路づくり、木の文化の体験を始めとする地域ならではの自然体験などが、その主題として浮かび上がります。当然、匠技の伝承、手仕事や生業、地域雇用が生まれます。“木の文化による地域づくり構想”という夢を描き、様々な取り組みをプロジェクトとして作り込んでいく。皆で夢を描きその実現が地域づくりや人づくりとなる。“木の文化を守る”実践と挑戦がどんどん広がる地域づくりを目指しています。
日本の文化は、自然と共にあり、世界からもそのライフスタイルが注目されています。
平成23年3月10日(パリ時間)MIPIM(国際不動産投資・都市開発マーケティング会議)という、国際的な都市開発などの評価イベントの未来プロジェクト部門において、日本の忚募作品が最優秀賞を受賞しました。日本人の美意識や作法が、海外で評価されていることは、時折、見聞きすることがありますが、この忚募作品も地方再生について、昔からあったモノや失われつつあるモノを見直したり、融合させたりして再評価しようという取り組みを提案しています。地方に根づいた文化や生活を見直すことから始め、それぞれの良いとこや足りない分をつなぎ合わせて、地域再生のアイデアと実践を目指してほしいと思います。先人たちが守り、語り継いだ木の文化を【ライフスタイルのブランド化】として、木の香りやぬくもりがあふれる暮らしを提唱して、全国、世界に発信していきたいと思っています。※その発信の中心として「神城文化の森」を発展させていく計画です。

三回「日本、木の文化と地域づくり委員会」

4月27日(水)に【第3回 日本、木の文化と地域づくり委員会】が開催されました。

今回、来賓として熊本県議会議員の溝口幸治氏にもご参加頂き、ご出席頂きました38名のすべての方に地域づくりにつながる発言や提案など、午後1時30分から午後5時30分までの4時間にわたり、今後の地域づくりの素となる意見交換がひとりひとりから活発になされました。

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溝口県議からは、球磨人吉の歴史的建造物について熱い思いを聞くことが出来ました。熊本県の大半を占める社寺建造物の数、そして球磨人吉に点在する神社には、国宝青井阿蘇神社から始まり、水上村の市房神社で終わる、秋の例祭がリレーのようにつながり開催されていく流れがある等話をされました。球磨人吉が相良藩としてひとつとして考えられていた時代には、お祭りひとつとってもつながっていた事のわかる話でした。私は、球磨人吉の地域づくりは“球磨人吉をひとつ”にして考えなければならない事を常々言っています。これから、どのような形になるかわかりませんが、球磨人吉、そして、相良文化を少しでも継承して、次の世代へと渡すことの大切さを改めて強く思いました。

委員会での皆さんの発言には、今回の東日本大震災で自然の怖さと大切さ、人間の力では自然の力を抑える難しさを改めて考えた事や日本人の他人を思いやる心、失われようとする先人たちの知恵や技をもう一度、見直さなければならない事に触れた発言が多くありました。

私は、先人たちの知恵や技、暮らし方を過去に戻るのではなく、現代に新しい形で生み出していく事が必要だと思いました。

例えば球磨焼酎を晩酌で飲む時も木で作られた『ぐい呑み』で飲む。ただ、呑むのではなく、焼酎の香りや木の香りも感じながら飲む。精神的な豊かさを得られるひと時ではないでしょうか。

ブログ記事 第三回

先人たちは、普段の生活の中に精神的な豊かさをもって生活していましたが、その豊かさを得られるキーワードが【自然なもの】ではないかと思います。

球磨人吉に限らず、素晴らしい技や知恵は日本全国の地域にあります。ひとつだけでは、埋もれてしまいそうな技や知恵も他のものと組み合わせる事で大きな相乗効果を得られると思います。

【日本、木の文化と地域づくり委員会】の今回、前回の委員会で、この球磨人吉に“木工芸品の技、風土の知恵、こだわった農産物など”素晴らしいモノが多くある事を知ることが出来ました。私たちが考える地域づくりは、この素晴らしいモノを組み合わせ、そして、新しく生み出していく何か……この何かをこれから、具体的にして地域づくりを考えたいと思います。

第四回「日本、木の文化と地域づくり委員会」

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5月27日(金)に【第4回 日本、木の文化と地域づくり委員会】が開催されました。

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今回、来賓として松田三郎県議をはじめ熊本県の国会議員秘書・県議秘書の方々7名を迎え、また球磨9町村からは、山江村横谷村長と首長代理の方々、そして内閣官房の高村参事官にご参加頂き、委員会のメンバーと合わせて総勢62人が「神城文化の森迎賓館」にお集まり頂きました。

委員会は、冒頭に松田三郎県議、横谷山江村長のごあいさつ頂き、高村参事官には【これからの地域づくりの方向性】についてお話を頂きました。その地域ならではのモノや技を組み合わせて、新しい価値を生み出すことや官民一体となった取り組みが、これからの地域づくりの新しいスタイルになるのではないかと思います。

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委員長の藤田からは「この委員会の方向性をしっかりと固め、官民一体となった地域づくりに向け、内外にアピールして行く事を具体化して行こう」と発言がありました。これまで、民間だけの集まりでしたが、球磨9町村の行政の皆さんがお集まり頂いた事は、委員会が目指す「官民一体の地域づくり」の第一歩になったのではと思います。

後半は、民間の皆様から地域資源の紹介や取り組み、提案など活発にありました。

当委員会も、内外的にアピールする事が必要な時に来ていると感じました。球磨人吉の地域活性化は、民間では、当委員会が動き出しました。あとは行政サイドの動きがあれば、官民一体となった地域づくりが必ず実現すると思います。

地域の皆さんと協力して、また、時には地域外の方のお力もお借りして、この球磨人吉の地域活性化がなされる様にしたいと思います。

26-1地域づくり委員会①
ライフスタイルのブランド化による、地域づくりの提唱をし、
全国、世界に発信して行きます。
26-2地域づくり委員会②
『日本,木の文化と地域づくり委員会』のようす

 

自然・季節感に抱かれた暮らし方を活かした地域づくり

鎌倉時代初頭に地頭に任ぜられたことを起源として、その後、明治維新に至るまで、この球磨・人吉の地を営々と治めた相良藩は、千年の寿命を持つ市房杉と豊かな原生の自然を有し、植林を重視する等、
その美風は「木の文化」に彩られます。このような旧相良藩の歴史と自然と木の文化を受け継ぎ、次の世代、後継者に引き継ぎたい。豊かな森林や木を守りたい。そのための「木の文化の地域づくり」が私の45 年の願いであり、「神城文化の森 藤田財団」の使命です。平成22年10月9日に内閣官房から「地域活性化伝道師」を拝命した私の責務でもあると考えております。

地域づくり委員会 球磨・人吉10市町村民間18名画像上 地域づくり委員会 球磨・人吉10市町村民間18名

1 木の文化による地域づくり
球磨・人吉全体で守る森林を地域の財産としてとらえると、あらためて森林や木が果たす役割、私たちの暮らしを守っている森林の働きが見えてきます。木は心に安らぎ、安寧感を与えます。私たちが暮らしていくための大事な財産です。森林は将来の世代、後継者に引き継ぐものです。伝えたい木の文化、遺したい美しい山林の森があります。現在、木をふんだんにつかった住まいが大変な人気です。人々は暮らしのなかに然を求め、木の温もりが求められているのです。その肌ざわり、温かさ、親しみやすさ、木目の美しさ、香りといった木の魅力が私たちの生活に潤いと安らぎ、癒しを与えてくれます。暮らしの多くが木の恩恵に満ちる。これこそがこの国の木の文化です。それを球磨・人吉から、日本全国に、そして世界に発信していきたい。そう思っております。

市房山の市房杉は、樹齢千年とも言われ、その美しく緻密な木目が特徴の貴重な銘木です。このような樹齢をも持つには、水が清浄でなければなりません。大自然が生み出す本来の、本当にきれいな水を私たちが手に入れることは非常に難しいとされます。沖縄や九州单部で降る雤水、屋久島の源流といった一部でしか、自然本来の純水無垢な水は存在しません。そのような貴重な水質の水が、私の知人である日本有数の“水の専門家”池田比呂志氏【㈱マーフィード社長・横浜市】の手によって、市房山の一部の源水で見つかりました。空気汚染の無い南洋の海で蒸発した純水無垢の水が、大自然の中で地表に降り注ぎ、汚染の無い清流として流れているのです。そして日本の四季は木の木目に現れます。市房杉で作ったひな人形、市松人形、工芸品には、人為を越えた至高の美しさがあります。

千年杉 森林セラピー基地・市房山市房杉を全国、世界に発信して行きます。 画像上 千年杉 森林セラピー基地・市房山市房杉を全国、 世界に発信して行きます。

 画像上 森林セラピー基地・市房山 水源地 200万年以上前、日本がまだ大陸の一部だった頃の残存種
『ゴイシツバメシジミチョウ』が昭和48年8月6日に日本で 初めて発見された、 太古の命が残る市房山。

(木の文化による地域づくり)
伝えたい木の文化、遺したい美しい山林の森、そして旧相良藩の歴史を、後継者に引き継いでいくには、球磨・人吉地域が受け継ぐ「木に対する眼差し、作法、美意識」を暮らしのなかで研ぎ澄まし、木に包まれ、木とともにある暮らし方というものを築き上げていく必要があります。それは木の文化、旧相良藩の歴史を受け継ぐことでもあります。そして、そういった暮らし方を軸に、手仕事や産業を興し、誇りや郷土愛、地域の信頼や絆を築いていくことです。そうすることで球磨・人吉の豊かな森林も守られる。このような取り組みを広げれば、次のこの国の自然や地球環境も守られていきます。これが球磨・人吉の“木の文化による地域づくり”です。
木という命を介して、地域の産業や地場のもの、技などがつながりあい、新たな価値を創出する商品やサービスも、どんどん生みだされていく。そして地域が生き長らえるとともに、市房山の千年杉も二千年杉と呼ばれるくらいに生きつづけてもらいたい。
豊かな球磨・人吉の資源や特性、文化に目を向けるとき、地域の奥行きの深い潜在可能性が見えてきます。森林セラピー、木で作られた施設や住まいの建築、・家具や調度品・小物、歴史的な建造物の復元、木をふんだんに使った地産地消の路づくり、木の文化の体験、ラフティングを始めとする地域ならではの自然体験などが、その主題として浮かび上がります。当然、このほかにも考えられるでしょう。地域が想いをひとつに、“木の文化による地域づくり構想”という夢を描き、そのための第一弾としての取り組みをプロジェクトとして作り込んでいく。そしてその実現が地域の願いとなっていく。そのような取り組みがどんどん広がっていく。そうなることを願っております。
その実現のため、藤田財団では、球磨・人吉10市町村をひとつと考え、東西南北と中央の5つの地域(相良文化の“五色の龍神”にならい)と考え、その地域の民間からなる18名で、『日本、木の文化と地域づくり委員会』を平成23年2月19日に立ち上げました。地域や住民の方、地元企業の方と手を携え、主に民間の立場から、地域活性化の計画を検討していくこととしています。こうした取組みが、行政の取組みと一体となって、国の支援等も受け、新たな地方の時代を築く、先導的なモデルとなるよう、精力的に取り組んでいくつもりです。

画像上 市房杉で作りあげた、相良御雛五段飾り 市房杉お雛人形 ・ 市房杉三棟御殿

2 木から緑・花・水への広がり
古来より、日本人は人間を中心に自然を見るなどということはしませんでした。自然を、怖いものだが同時に人々をやさしく包んでくれる、生きる恵みを与えるものとして感謝、敬愛し自然に従いながら生きてきました。そうして自然に対する美意識を鋭敏にしてきました。木は自然の一部として、私たちの命とつながっており、私たちの心に何ごとかを語りかける。それに癒され、懐かしさと温もりを感じるということであろう。しかし、それは木だけではない。緑や花、そして水の恩は、人間が一生返すことのできない尊い恩でありますので、このような水のきれいな所(市房山源流水・球磨川源流水)に、大きな命の息吹が宿ります。
内閣官房の「地域活性化伝道師」の活動を縁に、木、緑、花そして水に対する美意識や作法、文化を、次の世代につなげようとされている方々との面識を得ました。意気投合し、今年の2月19日に、当方の「神城文化の森」に一堂に会し、それぞれの溢れる想いを交わしました。まずは、自然を再生する庭づくりを信条とする作庭家の中野和文さん(熊本市)。中野さんが作る庭は、それこそ中野流であり、雑誌などでも特集として紹介されています。次に環境演出家®の木村三重子さん(福岡市)。花に対するやさしい眼差しを暮らしのなかに溶かし込むことで、心豊かな暮らしづくり・街づくりを進められております。
作庭家の中野和文さんは、“自然を敬う心が未来を照らす”と、心に光を当てます。「私たちの先祖は、半世紀前まで、身のまわりの生きる糧となる、自然のすべての諸々の物に、山の神、水の神といった神の称号をつける。みずから作った物でも、大地からの恵に感謝し、五穀豊穣を祝い感謝し、自然の中で生かされているという教えを、日々の暮らしのなかで、先人から受け継ぎ引き継いできました。地球環境の再生は、人間と自然とのかかわりを理解する心の再生とあわせ、地域に育つ子どもたちに自然を敬う心を育み、世代を超えて、地域のつながりを再生していくことが大事」と口を極めます。そのような想いが、中野さんの作る庭には溢れます。
木村さんは、そのような自然を敬う気持ちを、暮らし方や暮らしの文化、生活の作法として、形にしていくことが大事とやさしく語ります。「花や緑にふれてみる。人は、ただそれだけでやさしい気持ちになったり、元気になったりします。花や緑には不思議な力があります。私たちは花や緑の不思議な力を借りて、自分が住む町の歴史や環境、自然に生かされている命に感謝する暮しを大切にしています。“まちの営み”を皆で関わる緑花活動で取り戻す。まちを美しく元気にして安全安心で持続可能なまちづくり。“お陰さまで、およばずながら”のかけ声で笑顔を分け合いながら校区発、市民発の花や緑での日常づくりをしています。」と語られます。そこには、その想いを子どもたちに引き継ぎたいと願う熱い想いが覗きます。
そして、私とお三方には切り離せないものがあります。木、緑、花に必要不可欠な“水”です。
私は、人類がどんなに進化しようとも、どんなに科学が進歩しようとも、生きるものすべての根源である“水”がとても大切で感謝しなければならないことを伝える取り組みも考えています。
自然の水が、健康な暮らしには不可欠です。球磨郡水上村の奥深い山の市房山は、国指定天然記念物の「ゴイシツバメシジミチョウ」が、日本で初めて発見された所です。この蝶は、今から200万年以上前、日本がまだ大陸の一部だった頃の残存種で、大変な珍種と知られています。そんな太古からの命が残る【市房山の水】を知っていただき、水の大切さを再認識してもらいたいのです。

29-1球磨人吉の風景画像上 球磨・人吉の風景(球磨人吉の82.6%は林野です。)

画像上 森林セラピー基地・市房山
(左から中野氏、木村氏、藤田と池田氏)

3 今後の新たな展開
私とお三人の考えを重ね合わせ、その共鳴点を描きだすなら次のようになります。“木にふれ木の文化を楽しむ暮らし方”“ありのままの自然の緑を身近に置き楽しむ暮らし方(五感で季節や自然を感じる、ありのままの自然にふれ合う)”“花を愛めで花を楽しむ暮らし方”“水に感謝しふれあいのある健康な暮らし方”。例えばこのような「木、緑、花、水のある暮らし」、それこそが、先人たちの心を受け継ぎ、地域における伝統的な暮らし方を見つめ直し、地域の誇りとなる暮らし方を作り出す。そこにある「心地よさ」「心の豊かさ」から「一人ひとりの生活の豊かさ」を築いていく。それは、花と緑、木と人の命が響きあい、そのなかから生み出される暮らしであり、日本独自の美意識や文化を体現する暮らしでもあります。日本独自の自然観、美意識を研ぎ澄ます暮らし、季節感、粋、風流な暮らしなど、本来日本が諸外国に対し、高々とした想いをもって誇りとすべきものです。このような暮らし方の実現こそが、諸外国に対し、日本という国を真に理解してもらううえでも重要な気がしてなりません。
さらに、このような地域づくりに迫る際の要所も浮き彫りになりました。第一に、自然に活かされ自然に教わりながら、研ぎ澄まされてきた美意識や作法、生活様式、さらには精神というものを、見つめ直し、受け継ぎ、そして次の世代にしっかりと引き継いでいかなければ、地域社会は成り立っていかないということです。第二は、それを土地の文化にまで高め、地域の手仕事や雇用、信頼と絆、愛着と誇りなどに連鎖的につなげ、地域づくりに結びつけていくことです。第三には、そのような取り組みは、帰属意識を共有するコミュニティや、生活圏域を舞台に展開していくこと。そして本物の価値は、必ず地域を越え全国さらには世界にも通じるということです。
今後、私を含め、それぞれが、自然に抱かれた文化を活かした地域づくりに取り組み、そのなかで助け助けられて、その想いを九州から、全国にそして世界に広めてまいりたい。その共感の輪も広げていきたい。その先導役を藤田財団として担っていく。そして、この美しい日本を次の世代、後継者にしっかりと引き継いでいきたい。そう考えております。

 

球磨人吉地域の概略

31-2球磨人吉の位置
球磨・人吉の位置

球磨人吉地域は、熊本県、宮崎県、鹿児島県の3つの県境に位置し、九州山脈の山々に囲まれた九州の真ん中に位置する盆地です。本圏域は、紀元前の横穴古墳群が点在しており、大昔から人が住み着いていたことがわかっており、鎌倉時代に源頼朝の命により地頭として相良氏が下向し、当地を治めました。戦国大名、相良(人吉)藩と明治維新まで、実に700年以上も相良氏の統治が続いた、全国でも極めて稀な地域です。
地域人口は、昭和55年117,021人から平成22年94,736人まで22,000人以上が減少し、逆に世帯数は増え続け、「高齢者の独り暮らし」「核家族化」の傾向が顕著に見られます。地域面積は、総面積1536.56㎢
で、うち森林面積は全体の約82%を占め、九州山地の山々と日本三大急流の一つである球磨川水系(球磨川、川辺川、万江川など)が作り出す平地から成り、典型的な盆地を形成しています。気候は、盆地特有の気温差が大きいために霧の発生がかなり多く、年間100日以上も朝霧が発生する地域です。球磨人吉で思い浮かべるのは、「球磨焼酎」「国宝青井阿蘇神社」「人吉温泉」「五木の子守唄」でしょうか。特に、「国宝青井阿蘇神社」(806年創建)をはじめ社寺仏閣などの歴史的建造物は、熊本県下の8~9割を占めています。国指定以外にも、県、自治体指定が数多く点在しています。相良文化を今に伝える大切な財産です。
近年は、新しい地域資源として「国宝青井阿蘇神社」「球磨川を下るラフティング」「SLの復活」がメディアにもよく取り上げられています。

 

地域づくりとまちづくりの違い

私は、45年間の企業活動を通じて“まちづくり・地域づくり”をしてきました。 藤田精肉店という個人商店から創業し、食肉会 社を経営し、スーパーマーケット業界に参入し、 事業を拡大しました。
企業理念に【郷土愛を大切 にしたい 社員一丸となって郷土に奉仕】を掲げ、 郷土の皆様の生活向上につながることを願ってスー パーマーケット及び書店の店舗を球磨人吉の各地 域に展開し、事業を拡大しました。 スーパーマーケット事業から商業複合施設にさ らに事業を拡大し、そこを中心にコミュニティが生 まれ、まちがつくられてきました。このように、小さな企業でもまちづくりをすることはできました。 ただ、地域づくりができれば、まちづくりは必 要ないのです。一番最初から地域づくりに取り組 めば、“まち”は自然に形成されていく。自然に形成された“まち”は長続きする。仮にまちづくりの中心だった企業やお店(社長)が無くなると、 “まち”自体が自然に無くなってしまいます。それは、一代で築いたがために、その人がいなくな ると自然に“まち”が衰退して、二代目が店をつぶす傾向が最近よくあります。 しかし、地域というのは地域住民が一体となっ て(一人、一人が)携わって支えていくので、経済基盤がしっかりと出来上がるから強いのです。 地域づくりから始めると、(行政区分けや法律の規制、資金の問題など)簡単ではありませんが、まちは自然に形成されていくのです。 球磨人吉では、小さな組織や市町村がさまざまなアプローチ(仕掛け・方向性)からまちづくり 活動をしています。そして、活動に携わっている方たちは、各々が時間やお金、知恵をしぼって真剣にまちづくりに取り組まれています。行政も厳しい予算の中で、やりくりしてさまざまな取り組みをされています。そのどれもが大切な活動です。よい活動、よい取り組みも現在のように小さく、限定された地域では、結果や成果が出難いと考えます。また、多様な仕掛け、方向性は競合や共倒れを生み失敗の原因を作ってしまいます。球磨人吉のような地域では、民間活動の範囲は行政区分けをあまり意識しません。通学、通勤、買物などの日常生活に行政区分けの影響が少ないのです。また、圏域の外から見ても、各市町村ではなく、球磨人吉と一括りなのです。まちづくりや地域再生といった活動について、各市町村がそれぞれ、方向性を打ち出すために首長が変われば、方針転換が起き、なかなか方向性が固定されず継続がされていません。民間企業であれば、明確な企業理念があり、トップが変わっても企業活動は継続されます。このように、理念やシンボルを掲げる組織、団体が地域づくりの母体となる必要があると考え「財団法人神城文化の森藤田財団」を昨年9月に設立しました。
民間の意志と継続性のある地域づくりを行い、総合特区制度を活用して官民一体となった【新しい公共】を目指しています。

14-1サンロードシティ錦町OP 32-1神城
サンロードシティ錦町店舗は、山々を切り開く開発から始まり、開発に10年 かけ、
熊本県下では最初にできた「商業複合施設」です。現在も、近隣市も 含め、
球磨人吉地域で最大の商業施設です。 (開発を始めて、10年目の平成5年5月28日に開店)

地域づくりの中心(シンボル)
相良810年記念館神城(お城)

 

球磨・人吉の地域づくり

(1)木の文化を守り継承する 球磨人吉は、鎌倉時代から明治維新の廃藩置県 まで、700年以上も相良氏が統治していました。 盆地という地理的な影響もあり、明治の西南戦争 で戦火に巻き込まれるまで、外部からの侵略もな い地域でした。そのことが、相良氏(藩)が統治 を退いた後、新たな100年を超えて815年経った今日も『相良文化』として、国宝青井阿蘇神社をはじめとする社寺仏閣が、歴史的価値を有する姿の まま存続していることにもつながっています。寺社仏閣以外にも、独自の風土や習慣、祭り、価値観などが色濃く受け継がれてきました。 相良藩は、球磨人吉地方の林業の基礎も築き、 その中にはユニークな政策もありました。例えば、 『藩所有の木を無断で伐採した者に対して、罰として木を切った所に植林をさせ、途中この木が枯れた場合には、補植させる』という、今でいう “環境保全活動”を行っていました。 このことからも、相良藩が森林、林業をたいへん大切に考えていたことが伺えます。球磨人吉の木材は、皇居御所の資材として使用された市房山 市房杉(千年杉)が特に有名で、その他にも五木のケヤキ、白髪岳のヒノキなど良質の銘木産地 として全国にも知られ、『木の文化』とともに700 年以上も受け継がれてきました。 しかし、廃藩置県で相良氏が統治を退いてから 100年以上が経つ中で、日本国という大きな枠組 みによる方針に従い、球磨人吉の風土や暮らし方 を変え、失われてしまったモノや失われつつあるモノがあるように思います。時代とともに、外国産の安価な木材に押され、かつての銘木の産地も少しずつ衰退してきました。全国的にも林業の衰退が叫ばれる中、相良藩が育んだ『木の文化』を “相良文化815年”とし、『木の文化』を地域づくりのキーワードにしました。

(2)先人の教えから学ぶ 民間から球磨人吉地域の活性化と地域づくりの活動に取り組もうと「日本、木の文化と地域づくり委員会」を立ち上げました。すでに、多くの方がまちづくりの取り組みをされているわけですが、当委員会の最終的な目標は、球磨人吉10市町 村がまとまった形の地域づくりを官民一体となっ て行うことを目指しています。 この考えは、国宝青井阿蘇神社の守り神として 相良藩20代目の長毎公が奉納された「五色の龍神」 の言い伝えが基になっています。5つの龍神は、 それぞれに方角や自然要素が示されており、昇り龍、降り龍が大自然の循環や地域の循環を意味していると言い伝えられています。 現代では、行政区分けにより球磨人吉10市町村 と分れていますが、相良文化は球磨人吉各地域に 今も息づいています。五色の龍神に込められた相 良文化の意味をひも解き、現代に当てはめると偶 然かもしれませんが、マッチングすることが多岐 にあります。 五色の龍神の思想を地域活性化の構想に織り込み、地域づくりを球磨人吉全体で考え、循環させ ることが重要と考えています。地域づくりを小さ な行政区割りで考えるのではなく、球磨人吉10市 町村全体で考えなければ成っていかないと考えています。 現在、内閣官房の地域活性化統合事務局が推し進める「総合特区」は、このように民間、行政が 一体となった地域活性化の取り組みに支援を行う 制度であり、本委員会の中心である藤田財団も総 合特区制度を活用し、「広域にまたがる行政と民 間が一体となった、地域づくりのモデル地域認定」 を目指して取り組んでいます。

(3)新生相良藩構想 「地域づくりは、人づくりであり、風土づくり」 でもあります。球磨人吉は素晴らしい大自然や地 域資源をもちながら、今まで活かしきっていませ んでした。まちづくりの範囲でしか動いていなかったからです。相良文化815年の歴史と先人の知恵をこれからも残し、地域が連携して意識を高める必要があります。物心両方が豊かになり、地域の人たちが住んで満足できる町こそ、外部の人た ちも魅力を感じ、訪れてみたい町になるはずです。 その構想は、神城文化の森(藤田財団)を中心 に“球磨人吉と相良文化815年をテーマ”にした 『新生相良藩 球磨人吉の地域づくり』です。 神城文化の森を拠点【城】として、実践者を 【家臣】として活動し、815年に関わる歴史、文化を洗い出し(見直し)、家臣(実践者)を集結させ て戦略(地域活性化策)を練っていきます。家臣 は、グループや市町村の小さな単位で組織せず、 球磨人吉全体で組織することが必要です。また、 シンボルとして『神城』(神城文化の森)を活用し、 ≪球磨人吉の地域づくり≫が一つの方向に向かうように指標を明確にして取り組みます。

33-1市房杉
森林セラピー基地市房山の千年杉は、相良藩主代々の祈祷所 でした。現在、市房杉も屋久杉同様、厳しい保護規制に守ら れています。
これまで、ありがたいことに市房杉を3度落札 させていただきました。
34-1五色の龍神
五色の龍神は、方角、自然要素以外に季節も示す文献があり ます。
春夏秋冬と季節の節目の「土用の日」を加えた5つの 意味です。

 

動き始めた民間からの地域づくり

(1)民間からの地域活性化をアピール 藤田財団の目指す地域づくりは、球磨人吉10市 町村の協議会が設立してから実際の事業計画という形になるかと思います。民間である藤田財団を 中心に、『日本、木の文化と地域づくり委員会』 は民間から地域づくりを考え、実践する委員会として立ち上げました。農業、大工、旅館経営者、 製材、林業、食品加工、音楽家、レストラン経営、 看板業、電気屋などあらゆる業種の方に参加していただいています。 今年、2月19日に第1回の委員会を18名の委員 でスタートしました。地域資源や地域活動の掘り起こしを行い、会を重ね第4回では、委員会に参加された方は、62名に拡大しています。 私たち民間委員の目標は、官民一体となった地 域づくりです。行政サイドも、平成23年4月15日 に球磨人吉10市町村による準備会が発足して、まだまだ、官民一体となるには、ほど遠いですが 「球磨人吉が一体となった地域づくり構想」をス タートさせる大きな第一歩が踏み出されました。 また、『日本、木の文化と地域づくり委員会』 を通じて「掘り起こした地域資源や活動の発表会」 と木の文化に触れ、親しんでもらう「神城文化の森 木楽会」なる、地域に合った、独自性のある地域づくりを内外に情報発信する取り組みも計画しています。

(2)球磨人吉地域ブランドを作る 地域づくり委員会では“一つではなかなか成り 立たない地域資源や手しごと”を掘り起こすこと から始めました。地域づくり活動をボランティアで行うような活動ではなく、収益をもたらし、持続可能な取り組みにまでプロデュースし、広く世 の中に知ってもらうことが必要です。また、知ってもらうには、中心となるモノの看板的な存在がなければ埋もれてしまいます。これらを『一つの ブランド』としてまとめることは、地域ブランド の確立にもなり、宣伝も集約化でき経済的にも、 知名度の特化にもつながります。 藤田財団は、球磨人吉の地域が一丸となって、一人、一人が本気で取り組んで、今までに先人か ら受け継がれた技や手しごとをマッチングして、その背景の物語を含めプロデュースをします。その第1弾が「鬼に金棒人形」です。「鬼に金棒人形」の誕生には、熊本県球磨郡免 田町(現あさぎり町)に居たころの思い出が関わっています。民間委員の内野氏(友優・人形制作) とは近所の遊び友だちで、二人ともよく親から叱 られては家の外に放り出されました。その度に「ガゴ(鬼)が出てくるぞ」と言われて叱られま したが、その小さい子どもの頃の“鬼”の記憶が 懐かしく、強く残っていたからです。また、日本 文化の一つである節分の豆まきでは「鬼は外、福 は内」と唱えて鬼(邪気)を払いますが、昔、先 人から「鬼には怖いイメージがあるけれど、鬼は 家内安全と鬼を持っていると福が来る」と聞いた ことがあります。そうした由来もあり、「鬼に金棒 人形」が誕生しました。 この「鬼に金棒人形」作りはこれまで、地元の 主婦グループが家事や仕事の合間にやっていた手 しごとの一つです。民芸品や手芸の域から出ない 存在だったのですが【神城文化の森 FUJITA】 の財団ブランドとしてプロデュースする試みを始 めています。財団ブランドは、こうした商品だけ でなく、商品の背景にある物語や一つでは成り立 たない手しごと、技、工芸品などを組み合わせて新しい価値を見出すことにも取り組んでいきます。「鬼に金棒人形」の他にも、希少価値のある市房山の純粋無垢のミネラルウォーター販売や屋久 杉・市房杉のストラップなどの小物、球磨焼酎や 銘柄元相良藩十代目の焼酎販売を中心に財団ブランドとしての経済活動につなげる試みです。経済 基盤を築いて、財団の運営が持続可能になるようにすることで、継続的な地域づくりが行えます。 経済が成り立たなければ、民間は参加することはできません。ボランティアや寄付だけでは、行き 詰ってしまいます。適正な報酬や価値を確立する ことで、地域づくりに参加する人びとが増え、長続きしていくことになると考えます。

『鬼に金棒人形』は、①ちりめん,②かすり, ③屋久杉,④きじ馬(球磨人吉の工芸品)など 10種類から『手しごと』制作。
36-2相良藩十代目
球磨人吉地域には、500年にわたる球磨焼酎の文化が今も受け継がれています。28社の蔵元がそれぞれの技術、こだわり、 伝統を受け継いできました。「球磨焼酎」は「米麹や使用する水、球磨人吉で製造されたものなど」厳格な定義があります。 さらに、地理的表示規定と地域団体商標登録を受け「球磨焼酎」は世界ブランドになっています。ただ、球磨焼酎ブランド からは漏れてしまいますが、焼酎づくりの技や地産地消の原料を使用した逸品もあります。そのような、焼酎を財団ブラン ドとして展開します。その他にも、市房山の天然無垢の貴重な水を新たな地域資源として展開します。

 

37-1屋久杉商品
屋久杉サッカーボールは、屋久杉の天然の木目を自然のままにサッカーボールの表面板を一枚、一枚張り合わせた匠の技で す。屋久杉に代表される自然木のすばらしい香りや木目の艶を工芸品や普段使いの品、タンス、携帯ストラップ、ループタイ、屋久杉サッカーボールなどで「触れる」「見る」「香る」などの感性や美意識と先人の知恵や技。そして、【日本、木の文化】を大切にしたいです。

自然・季節観に抱かれた暮らし方の提唱

球磨人吉だけでなく日本、世界に「自然・季節 観に抱かれた暮らし方をライフスタイルのブランド化」として、自然を大切にした、特に、相良 815年の歴史と文化である「木の文化」を少しで も継承し、発信したいと考えています。この提唱を九州から発信するために、九州圏内の交流の場 を新たに設けていく計画です。交流には、九州圏 内で自然環境に関わった活動を実践または、大事と考えている方と協力していくことを考えていま す。【ライフスタイルのブランド化】の九州グループを作庭家・中野氏(熊本市)、環境演出家®・木村氏(福岡市)、青島六社会・冨森氏(宮崎市)、 商店街活性化/地域づくりエキスパート・富永氏 (佐賀・福岡市)、水の専門家・池田氏(横浜市)と私を含め平成23年5月27日(金)に6名で立上げました。 今後、九州各県に活動の輪を広げる計画です。 その他にも、イオングループの岡田卓也名誉会 長と一緒に取り組んだ、中国万里の長城植樹支援 (寄付金2800万円:平成19年7月1日)、ユニセフを 通じてラオス国への学校建設支援などの国際貢献も行いました。ラオスの子どもたちが一生懸命に勉強して、明るい未来に向かって笑顔になってくれることを心からうれしく思い、これまで22校の小学校建 設支援(寄付金7700万円)を行いました。いまで は、直接支援をしており、先日平成23年5月20日には、たい へん名誉なことに国家主席命による勲章を授かりま した。(現地学校が7月16日に開校式が行われました) 今後も球磨人吉だけでなく、ライフスタイルの ブランド化、環境保全活動、そして、未来の子ど もたちのために国境なく活動を続けて行きます。

38-1ラオス学校看板  38-2授章
ラオス大使館より、「学校建設をさせていただき、学校の 壁面に藤田学校の名前を飾らせていただきます」
と平成 23年6月10日に連絡がありました。駐日全権大使のシートン閣下(当時)より 、
弊社 迎賓館にて授章式を行いました 。

 

42-1鬼に金棒人形を手に
球磨人吉地域では、鬼に金棒人形を「手しごと」の新しい価値を見出すことに力を入れています。

 

球磨人吉地域づくりは、同じ価値観を共有することです。郡市それぞれのためでなく、社会、地域全体の発展のために極めて重要です。また、それぞれの地域での実績よりも、一人、一人、そして各市町村の方々とのコミュニケーションを重視することがとても大事だと思っております。球磨人吉の本当の財産は、お金でも、不動産(土地建物他)でもなく、球磨人吉の地域づくりができる人に継けい栄えい(引き継ぎ栄えること)手腕を身につけさせることが財産になると思います。球磨人吉地域で「総合特区」を活用していくためには、問題点や障害になることを一つずつ乗り越えて行かなければ「地域づくり」を成功させることはできません。『地域のリーダーシップ』とは、地域を管理することではなく、その地域の人たちがより豊かな発想を持ち、能力を存分に引き出すことから始めなければ地域の発展はありません。特に、“若い人の話を聞くことや批判、助言”を喜んで受ける“度量”が必要です。これから先の球磨人吉が、官民一体となって(民間と10市町村が)心を一つにして進めていくために、一番大切なことは、「原点に帰ってやること」基本の上に立って仕事をする。判断、行動、方法のよりどころがおおもとになります。出発基本を自由と平等として、全員が力をあわせて一丸となって「地域づくり」に私どもも微力ながら取り組んでいきます。最後に、「鬼に金棒人形物語」を財団ブランドに展開することを考慮している時に、東日本大震災が起きました。被災地で、日本の“助力の精神”を新聞やニュースで見聞しました。どんなに苦しい時でも、他人を助力する姿に「先人から受け継いできた習慣、思想」がこのような有事の時に大きな力を発揮するのを誇りに思いました。被災直後から続く助力の精神が、今度は復興への助力となり、一日でも早く復興するように願い「鬼に金棒人形」を神城文化の森藤田財団、及びフジタグループ、そして「クールジャパン」(ライフスタイルのブランド化)と連携をさせていただきながら、被災地に助力の象徴として届けたいと思います。

『がんばろう!日本』

地域振興の新展開-ライフスタイルのブランド化への歩み

「日本、木の文化と人吉地域づくり発表会」と木楽会の開催
一般財団法人神城文化の森藤田財団会長藤田 勲

01藤田勲 地域活性化伝道師
藤田 勲(ふじた いさお)

 

球磨人吉の地域づくりにたずさわっている民間委員88名による「日本、木の文化と人吉地域づくり発表会」を7月28日に神城文化の森市房杉記念館前にて開催しました。
早苗保育園の園児による『早苗太鼓』の演舞で始まり、引き続き地域づくり委員の国宝青井阿蘇神社の神事が執り行なわれました。

屋久杉千年 木札
屋久杉千年 木札

これまで、民間委員会を6回開き、7回目は発表会を開催しました。
委員長(藤田勲)より委員会活動の総括発表があり、つづいて88名の民間委員の方々によって、今、自分たちが活動を通じて制作したモノの展示や活動そのものが披露されました。

 

地域づくり委員会の発表

鎌倉時代初頭に地頭に任ぜられたことを起源として、その後、明治維新に至るまで、この球磨人吉の地を営々と治めた相良藩は、千年の寿命をもつ市房杉と豊かな原生の自然を有し、植林を重視する等、その美風は「木の文化」に彩られます。
このような旧相良藩の歴史や自然と木の文化を受け継ぎ、次の世代、後継者に引き継ぎたい。豊かな森林や木を守りたい。そのための「木の文化の地域づくり」が昨年9月に設立した「神城文化の森藤田財団」の使命です。

東北被災地へ助力の象徴として届ける
“鬼に金棒人形”(28体)の神事を行う
国宝青井阿蘇神社権禰宜の椎葉社(しいばやしろ)さん

 

41-3早苗太鼓
蟻田紹児委員が園長をされています
保育園の園児たちによる『早苗太鼓の演舞』

 

木の文化を世界に発信

球磨人吉全体で守る森林を地域の財産としてとらえると、あらためて森林や木が果たす役割、私たちの暮らしを守っている森林の働きが見えてきます。
木は心に安らぎ、安寧感を与えます。私たちが暮らしていくための大事な財産です。森林は将来の世代、後継者に引き継ぐものです。
伝えたい木の文化、遺したい美しい山林の森があります。現在、木をふんだんにつかった住まいが大変な人気です。人びとは暮らしの中に自然を求め、木の温もりが求められているのです。
その肌ざわり、温かさ、親しみやすさ、木目の美しさ、香りといった木の魅力が私たちの生活に潤いと安らぎ、癒しを与えてくれます。暮らしの多くが木の恩恵に満ちる。
これこそがこの国の木の文化です。それを球磨人吉から、日本全国に、そして世界に発信してきたいと思います。

 

神城文化の森 木を大切にして暮らそう

伝えたい木の文化、遺したい美しい山林の森、そして旧相良藩の歴史を、後継者に引き継いでいくには、球磨人吉地域が受け継ぐ「木に対する眼差し、作法、美意識」を暮らしの中で研ぎ澄まし、木に包まれ、木とともにある暮らし方というものを築き上げていく必要があります。
それは、木の文化、旧相良藩の歴史を受け継ぐことでもあります。そして、そういった暮らし方を軸に、手仕事や産業を興し、誇りや郷土愛、地域の信頼や絆を築いていくことです。そうすることで球磨人吉の豊かな森林も守られる。このような取り組みを広げれば、この国の自然や地球環境も守られていきます。これが球磨人吉の木の文化による地域づくりです。

42-2木楽会フィナーレ
日本木の文化と地域づくり木楽会は、新生良相藩30名の子ども大名で華やかにフィナーレを飾りました。

 

球磨人吉地域産材を積極的に活用

私たちの暮らしを豊かに彩る「木」。住宅、家具、玩具、紙などの材料としてはもちろん、風合いや香り、質感は、心身に大きなリラックス効果をもたらしてくれます。加えて、自然界の多様な循環を作り出す役割もあります。木の特性を熟知し、さまざまな形で活用の幅を広げていきたいと思います。そのために、木を育てる人から使う人まで、地域の関係者がそれぞれの立場で意見を出し合いながら地域産材の良さを広めている球磨人吉。素材として球磨人吉の山で伐採された木から作り出された「玩具」からは、すがすがしい木の香りが漂い、木の温もりが伝わってきます。
子どもが安心して遊べるよう、木目を生かした天然素材を使用しています。造りが単純な木製玩具は、逆に子どもたちの想像力をかき立てていく。「木のおもちゃを届けると子どもたちの瞳がキラッと輝く。木という素材が新鮮なのでしょう」と委員の方が述べています。
また、球磨人吉で育った木材は「森林認証材」の認証を得ています。「森林認証材」とは周囲への環境配慮など適切な森林管理と、持続可能な森林経営が行われていることを第三者機関が認めることで得られる認証のことです。その木材を木造住宅などに積極的に活用することで、植林活動などの環境問題への取り組みも強化されます。そういったことが、地域の森を守るだけでなく、地球温暖化防止にもつながっていくのです。
これからも、ひとりでも多くの人に球磨人吉地域産材の良さを知ってもらうため、玩具寄贈や木工教室、林業の後継者育成にも力を注いで活動していきます。私たちの暮らしを豊かに彩る「木」。住宅、家具、玩具、紙などの材料としてはもちろん、風合いや香り、質感は、心身に大きなリラックス効果をもたらしてくれます。加えて、自然界の多様な循環を作り出す役割もあります。木の特性を熟知し、さまざまな形で活用の幅を広げていきたい。そのために、木を育てる人から使う人まで、地域の関係者がそれぞれの立場で意見を出し合いながら球磨人吉地域産材の良さを広めていく必要があります。

43-3木のプール
会場には、球磨人吉産の木で作られた積木、囲いの中にカンナくずを入れた「木のプール」や、親子でできる手作り木工コーナ
ー、木製品で遊ぶコーナー、丸太切りなど、さまざまな体験コーナーで木材に触れて楽しんでいました。自然が育む木の美しさ
を伝えたい。次世代の子どもたちが“ふれて、見て”木のぬくもりを楽しく感じていました。
44-1高場氏・楮木氏
オカリナ:高場委員、歌:楮木委員、ハーモニカ:小川委員の3名の方が、
発表会の会場を音楽で盛り上げてくださいました。

 

新月伐採で良質な木材
新月伐採され、自然乾燥した木材を使って建築された住宅の施主からは「色合いが美しい」「来客者から『香りが良い』とほめられた」などと好評です。また、新月伐採には、旧歴の毎月1日の新月の夜に切った木は“虫も食わない”良材として昔から言い伝えられています。球磨人吉の地元の人たちで組織している「神城文化の森 木楽会」では、伐採時期が限られ自然乾燥で手間もかかるが、質が良く長持ちする球磨人吉の木材の活用を広げていくため、また、環境保全にも貢献していくための勉強会やセミナーを開いていきたいと思っております。

「節」が欠点でない時代
木材の魅力は「温かく肌ざわりがよい、調湿作用、弾力性」を挙げている一方、欠点は「白しら太たが腐る」などが多い。以前までは「節」も欠点のひとつとして挙げられていましたが、最近ではむしろ魅力のひとつとして挙げられています。「節のある木の方が自然で個性的でよい」ことから、床や腰板など節物の板が人気を呼び、そのようなことからも「木」の魅力はさらに増していくばかりです。

豊かな森林資源を次代へつないでいきたい
古来より、日本人は人間を中心に自然を見るなどということはしませんでした。自然を、怖いものだが同時に人びとをやさしく包んでくれる、生きる恵みを与えるものとして感謝、敬愛し自然に従いながら生きてきました。そうして自然に対する美意識を鋭敏にしてきました。木は、自然の一部として、私たちの命とつながっており、私たちの心に何ごとかを語りかける。それに癒され、懐かしさと温もりを感じるということでしょう。しかし、それは木だけではありません。緑や花、そして水の恩は、人間が一生返すことのできない尊い恩でありますので、このような水のきれいな所に、大きな命の息吹が宿ります。それが、水上村の市房山の市房杉千年杉でもあり、周りのすばらしい環境です。

43-4光永氏・鳴松氏

光永初男委員(左)藤田勲(中央)鳴松芳春委員(右)
鳴松林業の皆さんが市房山から切り出されたひのき百年や市房杉百年を展示しました。
神城文化の森木楽会には、社寺仏閣製材所の光永さんが子どもたちのため、
ひのきのカンナくずや積み木の準備など、お二人にはよくしていただきました

 

球磨人吉から森林・林業の再生。そして、森林の多彩な機能発揮へ
森林保護と、自然との共存の道を同時に探り、この理念こそが多くの人たちを引きつける理由となります。100年後の世界がどうなっているかはわかりませんが、球磨人吉の森林を守り、自然に根差した地域づくりをしてきた球磨人吉の先人たち、そして「木の文化の地域づくり」に携わる人たちが種をまいた「この森林を次代へ」という思いが後世へ継承されていくならば、球磨人吉の森林は自然との共生の象徴となっていくでしょう。

若い人に自然と触れ合い活力を取り戻してほしい
今の日本の子どもたちは、森の中で自然と対話する機会が失われている気がします。しかし、自然の中で過ごす時間を持つことは、人間の感覚を磨くのに効果があると思います。早く以前のように目の輝いた日本人に戻ってほしい。でも今のままではダメ。液晶画面にばかり集中している時間を減らし、もっと自然と接する時間を増やすことで、元に戻ると思います。最近はそんなことも考えながら、素晴らしい自然環境を活かした球磨川ラフティングや、一勝地焼(陶芸)などを楽しみ、子どもたちに自然と触れ合うことの大切さを伝えていきます。

球磨人吉地域の魅力は人の魅力
球磨人吉地域は、日本三大急流の球磨川や清流川辺川などの河川と周囲を緑豊かな大自然に囲まれた盆地であり、身近に天然の自然があふれている環境です。この豊かな地域資源をこれまでも、さまざまな取り組みで活用してきましたが球磨人吉全体がいろいろな面でレベルアップし、新生相良文化の思想を可能な限り相良文化や学問、情報発信の機能を持たせたいと考えています。山もきれいで、人情もあり水、川、自然がとてもすばらしい地域です。地域の魅力は、人の魅力。球磨人吉全体として、温泉や球磨焼酎、農産物加工、球磨錦梨、アユ、地元食材をふんだんに使った郷土料理を提供して食文化の継承にも力を入れ、「球磨人吉地場の地産地消」をテーマにした地域ブランドを藤田財団として開発します。それが郡市にとって大事であると考えています。観光客の取り込みにも力を入れ、“夏のラフティング”“球磨川下り”“市房山の山登り”“農産物の直売所”だけに限らず、幅広い切り口での「地産地消」の普及を図っていきます。また、昔の山里での手作り体験。例えば、“竹トンボ作り、竹炭・木炭づくり”など林業の一部に触れてもらうことで林業再生にも力を入れ、さらに今後、地域の大工の方たちと一緒になって、木造建築住宅や内装、机、イスなどの備品、暖房器具の燃料に木材を利用できるようにして、【木は未来と希望のシンボル】と木と人との関係のかけ橋となるような活動に取り組んでいきます。地域づくりのキーワードは、環境や自然、そして人を大切にして、今一番必要なことは何なのかを今一度考えて行く必要があると私自身そう思っております。

45-1地域づくり委員
日本、木の文化と地域づくり委員会及び木楽会メンバー 総勢88名
「地域づくりパーソナリティー」長井眞由美委員(右)には、長時間にわたる司会進行に頑張っていただき感謝しております。