神城文化の森施設

市房杉・焼酎館 名前の由来

本日は神城文化の森の工芸品や、 弊社オリジナル焼酎をご覧いただける施設 市房杉・焼酎館の名前の由来をご紹介いたします。 “弊社 藤田 勲は、遡ること八一〇年前から 人吉球磨を治めてきた相良藩の文化と歴史を継承するため、 昭和四十一年六月藤田精肉店創業より、 人吉球磨のまちづくりをしたいという思いから、 ”郷土愛を大切にしたい、社員一丸となって郷土に奉仕” という企業使命感の基、 昭和五十八年十一月より、 この地を「神城文化の森」として 「木の文化」と「まちづくり」を目指して参りました。 周囲を緑豊かな大自然に囲まれた、 球磨人吉地方は古くから林業が盛んでした。 当時相良藩は、藩所有の木を無断で伐採した者に対して、 罰として木を切った所に植林させ、 植えた木が枯れた場合には、 捕植させるという大変ユニークな環境保全政策がとられました。 そのため銘木の産地として発展し、 皇居に使用された「市房杉」は特に有名です。 弊社は二〇〇一年に市房杉との御縁をいただき 相良藩主代々の祈願所となっていた、 市房神社の御神木を入札させていただきました。 樹齢八〇〇年ともいわれるその市房杉は 相良藩が植栽したものと推察されます。 この郷土球磨人吉は、 盆地を囲む緑豊かな森で育てられた木の文化と共に、 清流球磨川で育てられた酒の文化があります。 日本で初めて原産地名が冠された球磨焼酎は、 鎌倉時代相良藩の所有地八代を通して大陸より 伝えられたと云われます。 相良藩八一〇年の焼酎と木の文化を継承し、 球磨人吉から世界の人々にその名を広め、 すばらしさを知ってもらう為、 市房杉のみを使用した木工芸品と 地場の焼酎を一堂に集め「市房杉・焼酎館」と命名しました。

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ご来店されておりましたお客様が、 「すごい!これだけ(焼酎、工芸品を)集めているところないのではないか。」と、 しきりに感心されておりました。 是非たくさんの方にご見学だけでもいいのでご来店いただき、 焼酎や工芸品の数々をご覧頂きたく思っております。スタッフ一同皆さまのお越しをお待ちいたしております!

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