藤田株式会社 2

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・神城文化の森
開発に10年をかけ山々を切り開くことから始まり、新城または新城原と呼ばれ、球磨・人吉を治めてきた相良藩主の居城であった人吉城の東南を守る外城が設けられていたこの地に夢の実現に向け20年計画を組み山の上の祠(ほこら)を整備し、『神城』お城を復元し、小高い山を丸ごと使った“歴史と文化の森”「神城文化の森」を開発、さらに熊本市東町にもショッピングセンター『サンロードシティ熊本』(東町)を展開、夢をあきらめかけたこともありましたが、信条とする「忍耐」の精神で乗り越えてきました。

・神城神社
この地は、古く新城または新城原と称し、神の聖地として祠のご神体が祀られてきました。この地を開発するにあたり、藤田勲は神の御社をお祀りし、大国主命をご祭神としたいという強い思いがありました。そして白蛇神の御姿を見て、開発の成功を祈願したところ、「この地に天上天下をあまねく照らす太陽神である天照坐皇大御神(天照大御神)の御霊を遷祀し、神城神社とせよ」との神託を得て、昭和六十年八月十日に神城神社として社殿を建立した。そして、平成十一年五月二十八日に本殿、拝殿からなる新しい社殿を建立した。祠の守護神は白蛇神とお告げがあり、この白蛇神が白龍大神となり八大龍大神として御姿を現わされ、山の神と共に、神城神社の守護神としてお祀りしてある。

・本殿御神体(ごしんたい)
地元の地権者の方たちが昔から神様として祀っていた石の祠が山の神である山桜の下に祀ってありました。神城神社を建立する時に障害になったので、山桜を伐採して祭壇に石の祠・神様と一緒に祀ってあります。また、石の祠(神様)の土台などに使っております。感謝の気持ちを込めて桜500本を神城文化の森に植栽しており、これまで30年ほど経ちます。

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